第238話


 リオに案内される形で避難している中、破壊音は未だに止まらないでいた。


 現在、避難しているのはカイ達とリオだけで、メイド達とは別行動していた。そのメイド達だが、最初は腰を抜かしていた者もそうでない者も、直ぐに真剣な顔に変わり、カイ達よりも先に部屋を出て行った。


「さっきのメイドさん達はどうしたんですか?」


 前を早歩きで進むリオは足を緩めること無く、振り向くこともなく返答する。


「屋敷に火を放たれては早く対応しなければならないので、彼女たちは襲撃された現場に向かっております。この屋敷で働く以上、ひ弱な女性と言うことはございません。それぞれ、それ相応の力を持っています」


 声色を変えることなく淡々と言うリオはそう答えてしばらくすると、突然廊下の途中で止まる。

 突然のことにカイ達は不思議だと思ったが、直ぐに魔力感知に反応があったため、こっちに敵が来ているのだと理解した。


「皆さま、ここで戦うわけにもいきませんので移動させていただきます」


 リオはそう言うと、壁に手を向け円を描く様に動かす。すると綺麗にくりぬかれる。断裂面は万が一に触れてしまっても怪我しないように滑らかな物になっていた。


「この下は平地になっております。敵が来る前に」


 この状況で「下りない」と言う選択は出来なかったため、カイ達は大人しく下に下りる。


 高さは3階建てだったが、魔力を纏っている状態だったら問題無く下りられる高さだった。その上、下には水がクッションの様に溜められていたため、背中や腹から落ちても怪我をする心配が無かった。


「皆さま、お怪我は無いでしょうか?ここからも移動をしたい所なのですが…。お呼びではないお客様が来られてしまったようですね」


 魔力の反応はリオを挟んで反対側にあったため、カイ達はリオの後ろに立つ形で向こうから来る反応を見る。


 そちらからはシルクハットにタキシードを来た男はゆっくり歩いて来ていた。そして隠すつもりが無いのか、背中から大きな翼を広げて、魔人だと言うことを表していた。

 その男は片手に2つ鎖を持っており、その鎖には異様に筋肉と角が発達したミノタウロスが連れられていた。片方のミノタウロスは片角が無くなっており、断面を見る限り、切れたと言うよりは無理やり折ったようになっていた。


「ここのメイドは怖いねぇ~。せっかくのミノタウロスが2体しか残ん無かったじゃないかぁ~。せぇーーーっっっかく育てたのにねぇ~」


 嫌味全開で喋るその男は、慣れた手つきでシルクハットを取る。そこには茶色の角がしっかり2本あった。


「このミノタウロス、ひっっっっじょうに癪に障るんだが、人間の研究を使って作ったんだよぉ~。一からモンスターを育てるとか嫌で嫌で仕方が無かったがぁ~、いくら死んでも良いと考えれば良いよなぁ~」


『人間の研究』『一から育てる』その言葉に、その研究が王国で行われていた物だと理解したカイ達は今にも倒しに行きたかったが、ここで勝手な行動を起こすのは得策では無いためそこに押しとどまる。


 不敵に笑う男は強く無理やり鎖を引っ張ると、ジャラジャラと鎖特有の音と、苦しさから鳴くミノタウロスの悲鳴が響き渡る。男はそれを聞いて気味の悪い笑みを浮かべる。


「ただ、こいつらの悲鳴を聞くときは最高だよぉ~。後ろにいる角が折れた奴なんて、今でも忘れられねぇよぉ~。また聞かせてくれるかぁ~?」


 その顔のままミノタウロスの方を見る。ミノタウロス達は怯えた様子ですぐさまひれ伏す。すると、男は高く跳んで、両角が無事のミノタウロスの角を踏み折る。ミノタウロスの大きな悲鳴が響く。片角のミノタウロスはビクッと肩を震わせながらも、自分の角が折られなかったことに安堵していた。だが、無事に済むことは無かった。男は残った最後の1本を踏んで無理やり折った。

『自分は折られない』そんな思いが心にあったため、先程のミノタウロスよりも大きな悲鳴を上げる。


「だぁ~~れが頭を下げろと言ったぁ~?敵の前だぞぉ~。さっさと立てぇ!」


 地面を何度も何度も強く叩くと、ミノタウロスは痛みなど忘れたように、すぐに立って男の前に出る。その目は恐怖を含めていたが、殺意が強く込められているとカイ達は察する。


「さぁっっっってぇ~。メイド達と違って逃げてるお~ま~え~た~ち~が、どのくらい強いかぁ~、調べてやるよぉ!」


 男が少し大きな声を出して鎖を手放すと、ミノタウロス達はカイ達に向かって一目散に走り出す。


 カイ達が応戦しようとすると、リオが手で静止させる。


「皆さまはこちらが招いたお客様。と戦わせるなど…。そんなことさせる訳にはいきません。なので、ここは私にお任せください」


』あえて強調していったその言葉に引っかかった者が4人いた。1人はカイ。小さい頃にラウラに聞いたから。4人の内、2人はラウラとシャリア。2人が現役で冒険者をしていた時には『モンスター』は『魔物』と言われていたから。では、残りの1人と言えば、魔人の男だった。魔物と言う言葉には、ミカもフラージュも聞き覚えが無かった。

 魔人の男はミノタウロス達がカイ達の襲い掛かる中、後ろで顔を真っ赤にして怒りを露わにしていた。


 言葉を言い終わると、リオは綺麗に後ろにいるカイ達に向かって一礼する。その礼は見ほれるほど綺麗な物だったが、後ろにミノタウロスがいると言うことが状況を全てを壊していた。


 すぐ後ろにミノタウロスが来ていたため、カイ達が迎撃しようとした所で、ミノタウロスが突然止まる。そして、リオはゆっくりと頭を上げる。


「お客様。本日は先約の方がいらっしゃるので、お引き取り願えませんか?」

「なぜ人間の言うことを聞かなければならないのかぁ~なぁ~」


「これだから話しを聞かない奴は嫌いなのよ。面倒くさい。あいつもさっさと起きなさいよ」


 小さく舌打ちをし、小さく呟いたつもりなのだろうが、リオの発言はここにいた全員に聞こえていた。

 リオは呟いたつもりが無かったのか、真顔で魔人に話しかける。


「お客様。本日はもうすでに予定がございます。これ以上、居座るという事でしたら…」

「何だっていうんだい~?まさか力づくで帰らせるとぉ~?無理だろぉ~」

「いえ、お命をいただきます」


 その一言でミノタウロス達が屋敷とは反対の方向に飛んで行く。そして、地面に落ちた衝撃で頭と四肢と胴体に分かれる。


 それをやったであろうリオは、飛んで行ったミノタウロスなんか見ずに、白色の手袋をはめていた。その手袋は指先の爪の部分だけが金属で作られており、よく見ると金属部分に糸が繋がれていた。


「もうお客様がお帰りになると言われましても逃がしはしません。お覚悟を」


 リオが魔人に向けて素早く手を振ると、爪が高速で飛んでいく。もちろん魔人にそんな物が当たることは無く、魔人は簡単に避ける。だが、リオがその場で手を握り、引くと、爪が魔人に向かって飛んでいく。

 爪は魔力を纏っていなかったため、魔人はその攻撃に寸前まで気づかず、翼に傷をつける。飛べないと言う程の傷にはならなかったが、『傷がついた』と言うことが魔人の怒りに触れたようで先程の様に顔を真っ赤にする。


 戻ってきている爪はリオにそのまま当たるかと思われたが、リオは巧に扱い、元の状態に戻して魔人のことを冷めた目で見る。


「私は少しずつ追い込んでいくのは趣味ですので。お楽しみください」

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