第224話


 向かいから走ってくるカイを見たミカとフラージュは酷く驚いた。向こうから走ってきていると言うことは魔力感知で分かっていた。分かっていたが、目の前に全身真っ赤な人が現れたのだから当然な事だった。


「どうしたの!?」

「へ?どうしたって?」

「真っ赤じゃん!?」

「あ、倒してたらこうなってた。ラウラと違って接近戦ばっかしてたから」


 倒した敵の返り血だと言うことは2人とも簡単に想像することが、全身赤色以外色が無いと言う状況には驚くしかなかった。

 だが、こんなことに驚いている場合では無かった。


「気づいてると思うけど、後ろから来てるよ。たぶん前に戦ったウォッシュだと思う」

「分かってる。でもちょっと聞きたいことが出来たから会ってみようと思う」

「え!?」

「まず普通だったら騒ぎが起きた俺達の方に来るはずなのに、そっちに行ったのは違和感しかないでしょ?それについても聞こうと思って。ってことだから教えてよ」


 魔力感知が使える4人は既に見える範囲にウォッシュ達が着ていることに気づいていたため、そっちの方に体を向ける。音を立てずに近づいたはずなのに気づいていたことに横にいた男は驚いていたが、ウォッシュは真顔のままだった。


「そんな仮面をつけて無いで外したらどうだ、カイ」

「…何で分かってるか教えてよ」


 4人が警戒体勢に入りながら、横にいた男、博士はカイの名前を聞き驚く。そしてウォッシュは先程までと変わらず真顔のままだ。実はウォッシュの耳は度重なる実験により異様に発達しており、普通は聞き逃すはずの数km離れた音を聞くことが出来る程だった。そのため施設内に入って来たのがカイだと分かっていた。


「私の研究を邪魔して来たあのカイか?!死んだはずだろ!」

「だが、あいつらはカイと言っていた。家族が間違える可能性は低いだろう」

「あの出来損ないたちはどうなった?」

「あいつらの音は全く聞こえない。死んでる」

「所詮は出来損ないか」

「家族と知ってるなら教えろ。もう3人いたはずだろ」


 口調が荒くなったカイは腕に赤い氷を纏わせる。近くにいたミカ達は赤い氷の熱気を受ける。その熱気は以前よりも強いように感じていた。博士とウォッシュも熱を受けて、検問所に出来た謎の氷をカイが出したことに少し驚いていたが、博士は大きく咳払いをして話し出す。


「あなたには私の偉大な研究を邪魔されましたからねぇ。少し調べさせていただきました。最初は分かりませんでしたよ。学園に残っている記録も『カイ』と言う名前だけで、家族構成が分かりませんでしたから。ですが、あなたとバーシィ領の次期領主につながりがあると聞きまして、調べたらなんと元貴族では無いですか!?それで私は考えました。以前からウォッシュと魔人様を混ぜることは考えていました。ウォッシュには前から魔人様の血を少し流しておきましたが、いきなり魔人様の体の一部を移植するのはとてもリスキーでした」


 最初は嬉々として、最後には悲しそうに静かに話す博士をカイは今すぐにでも攻撃したくなるが、気持ちを抑え込む。


「そこで!貴方のご家族に協力していただいたのですよ!貴方の罪を利用してね」


 そこまで聞いてカイが攻撃しようとしたが、先にミカが高速移動を使って博士の首を飛ばそうとする。だが、その前にウォッシュがどこからか取り出した剣でミカの槍を受け止める。ミカは急いでカイの横まで下がる。


「まぁ、ご家族全員抵抗したようですね。報告で貴方の父はその場で殺されたと聞きました。そのおかげか全員大人しく王都に来てくださいましたよ。残った4人ですが、どこかの兵士が独断で母上を連れ去ったんですよ。後日私の所に死亡報告がきましたけどね」


 先程の悲しそうな顔はどこに行ったのか、再度嬉々として話していた博士は、今度は怒り一色に変わる。


「事前に私の所には5の実験台が届くはずだったのに、2体もつぶされたことに私はものすごく怒りを覚えました」


 怒っていた顔は次の瞬間どうでもよかったことの様に真顔になり、再度笑顔になる。


「まぁ事前に用意していただいた魔人様に余裕が出来、ウォッシュを予定よりも強く出来たので良ししますがね。話しは戻って、残った3体で魔人様との融合実験を開始したのですよ」


 博士が話しを続けようとしたタイミングでラウラが間に入る。


「戦ったのは2人しかいなかった。残りは」

「人が話してあげているというのに…。まぁ良いでしょう。今回の実験は数少ない実験台でより多くのことを調べないといけませんでしたからね、自我は残したままにしたのですよ。ですが、これが間違いでした。自害してしまったのですよ。確か次男でしたっけ?まさかあの状態から自害するとは…。まぁ結果オーライでした。あれが死んだおかげで実験を成功させることが出来たのですから!!!」


 次の瞬間、カイは博士に向かって駆け出す。そして殴ろうとすると、案の定ウォッシュが剣を使って邪魔してきたため、その剣を力づくで砕きウォッシュのことを殴り飛ばし、博士のことも殴り飛ばす。


「な、なにをするんだ!私のことを殴るなど!ウォッシュ!あいつを殺せ!『強化付与』!」


 壁にぶつかったウォッシュはすぐさま状態を元に戻し、カイに向かって横から殴りかかる。カイはそれを両手で受けたが、あまりにも威力が高かったため、後ろに殴り飛ばされる。その威力はシャリアと同等もしくはそれ以上だった。

 殴り飛ばされたカイだが、体勢を崩さなかったため、少し地面を滑っただけで止まることが出来た。そこは元いた場所だった。


「カイもミカも急に飛び出ないで。ともかくこれ以上は捕まえてから話しを聞くよ」


 フラージュの言葉を聞き、冷静さを取り戻した2人は再度戦闘体勢に入る。


「捕まえる?不可能だな。ウォッシュ、こいつら全員殺せ」

「分かっている」


 博士の掛け声で今度はウォッシュがカイ達に無かってかけてくる。カイとミカが前に立ち、2人もウォッシュに向けて駆け出す。

 ウォッシュの攻撃は威力が高いだけで、カイ達は受け流すことが出来た。カイは拳を腕使い受け流し、ミカも槍の柄を使って受け流す。隙が出来たウォッシュに対して2人は腹に向かって攻撃するが、刃がほんの少ししか入らなかった。普通だった致命傷になりかける攻撃を仕掛けたのだが、ウォッシュの体に魔人が混ぜられていることで防御力が高くなっていたのだ。

 攻撃して今度はカイ達に隙が出来てしまい、ウォッシュが2人のことを殴り飛ばそうと、薙ぎ払いをしようとする。カイ達も危ないと感じたが、薙ぎ払いをしようとしたその手を、ラウラが風ではじき飛ばす。それにより、再度ウォッシュに隙が出来たため、カイは拳で、ミカは蹴りで腹に打撃を与えてから後ろに下がる。

 腹に衝撃を受けたウォッシュはその場で膝をつく。


「もう終わりだよ」


 不意に周囲にフラージュの声が聞こえる。ウォッシュはゆっくりと声をした方を向くと、そこにはフラージュによって首に刃を当てられている博士がいた。

 カイとミカがウォッシュとぶつかった瞬間にフラージュは透明化して、博士のことを捕まえたのだ。博士はもちろんのこと、戦闘に集中していたウォッシュはそのことに気づかなかった。

 そして、捕まった博士はその場で震えあがり、ウォッシュに助けを求める視線を送る。対してウォッシュは冷静で、見たまま動かない。


「これからついて来て貰うからね」

「…秘密を守れ」


 ウォッシュが不意にそう言うと、博士が苦痛で膝から崩れ落ちる。突然のことだったが、フラージュは博士の首に刃を突き立てた状態でウォッシュのことを見る。するとウォッシュも同じ様に地面に倒れる。


「秘密が漏れないように自殺する術を用意してたんだね」

「わ、私は魔人様のような至高な存在に…魔人様と同等な存在に…!!」


 死にかけている博士はただただそう言い続ける。対してウォッシュはカイのことを見る。


「お前のことは忘れん。必ず殺す」


 それだけ言うと、ウォッシュの目から生気が消える。その数秒後には博士も息絶える。


 ウォッシュの遺体は調べる必要があるため、回収しようとした所で突然体内の魔力が膨れ上がる。それを察した4人は急いでウォッシュの遺体から離れる。すると遺体は突然燃えだす。カイが急いで青い炎を飛ばすが、当たる前に灰に変わる。


「調べさせないってこと…」

「この灰は念のために回収して、もう戻ろっか」

「私が回収しとく」


 それぞれが行動する中、カイはウォッシュの最後の言葉が引っかかっていた。

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