第205話


 突然落ちて来た者達を観客席にいた全員が視線を送る。

 演習場にいる生徒2人は、2人とも持っていた武器を咄嗟に侵入者に向ける。侵入者2人を挟んだ形で生徒2人はお互いにアイコンタクトを送ると、頷き行動を起こそうとする。

 だが、赤いローブを着た魔人がローブから手を出したため動くのを止め、様子見をする。魔人がその手を地面に叩きつけると、演習場と観客席が薄い黒色の結界によって隔離される。わざわざ薄い黒色で結界が作られているため、観客席から演習場の様子が見える。そのため観客達は引き続き演習場の様子を見ることにした。だが、観客達は後悔した。今から起こることを見るのではなく、早く避難すべきだったことに。


 結界が作られたタイミングでカイ達は演習場への入り口に着いたため、結界の目の前で止まるしかなかった。


「こんな結界見たこと無いけど」

「私も見たことが無い」

「とにかく入らないと!」


 ミカが先陣を切って結界に向かって魔法を撃ちこむ。だが、結界は魔法を受けた様子もなく、以前そのままだった。


「え!?」

「2人ともちょっと離れて」


 ラウラがカイとミカの前に立ち、いつもの杖を結界に向ける。2人は素早く後ろに下がり様子を見守る。

 ラウラは手始めに、ミカが撃った雷よりは強い威力で風をぶつける。だが、先程と同じで結界はびくともしない。生半可な威力では結界に影響を与えることは出来ないと判断したラウラは今度は自分の持っている魔力のほとんどを杖に込める。過去、カイにもの見せたこと無いほどの高威力の風を結界にぶつける。あまりにも強い威力の魔法がぶつかったため、後ろにいるカイとミカは風で後ろに飛ばされそうになるのを踏ん張って耐える。

 風が止み、カイ達が前を見るとそこには以前として薄い黒色の結界が維持されており、ラウラは魔力を大量に使ったため座り込んでいた。


「ラウラ!!」

「ラウラさん!!」

「だ、大丈夫。…急いで反対の入場口に行って。リアがいる」

「…分かった」

「ちょっとカイ!?」

「今は早く結界を壊さないとやばいでしょ。それにラウラは自分が大丈夫だから俺達に行けって言ってるんだよ」

「その通り。少し休めば歩けるようになる」


 そう言うラウラの顔には大量の汗が浮かんできている。ミカはカイがラウラを信じたように自分も信じると決めて反対側にある入場口に向けて走り出す。




 演習場内から観客席は黒色に塗りつぶされており見ることが出来なくなっていた。周りは黒一色だと言うのに演習場内だけはしっかり見ることが出来ている、そして先程まで聞こえていた歓声が一瞬にして消えたという状況に生徒2人は違和感と不気味さを感じていた。


「それで、お前の標的はこの2人なのか?」

「この2人だけじゃない。もっといる。でも手始めはこの2人。今、今私に力を渡せ!」


 声から少女だと判断できた。黒いローブを着た少女がそう言うと赤いローブはローブに着いたフードを取る。凶悪そうな顔に額から生えた2本の角を見て生徒達は自分が知らない存在が目の前にいることに息を飲む。


「そうか!やっとか!さぁ受け取れ!お前が長年求めてた力だ!」


 魔人は大声でそう言うと、黒ローブの少女の頭に手をのせる。


「あああああぁぁぁぁァァァアアア!!!」


 少女が突然大声を出したため、少し離れた場所で見ていた生徒2人は驚き方をピクリと動かす。


「あーあ、失敗かよ。やっぱり無理だったかぁ」


 魔人が言い切ると、少女が苦しそうに叫びながら膝から崩れ落ちて地面に横になる。魔人は仕打ちをすると膝を曲げて体勢を低くすると少女に話しかける。


「復讐するんだろ。はい、頑張れよ」


 魔人はローブの下を漁ると、何か液体が入った状態の注射器を取り出す。それを容赦なく少女の首筋に突き刺し、液体を入れて行く。


「グガァァァアアアアアアアアアアアアアア!!」


 先程よりも大きくなった叫び声を出しながら、少女がおぼつかない足取りで無理やり立ち上がる。だが、立ち上がることは出来なかったため四つん這いになる。


「今、お前が苦しい思いをしてるのは誰のせいだ?そうだ。お前を馬鹿にした奴らだ。お前を見下してたやつらだ」

「ヒッ!」


 魔人に話しかけられて、少女は下を向いていた視線をゆっくりと前に向けだす。観客席からは見ることが出来なかったが、演習場にいた生徒にはその少女の目が見えたのか、恐怖から悲鳴を出す。


「ほら、前にお前を馬鹿にしてた奴がいるぞ」


 すると少女が目の前からいなくなる。観客席にいた者達は急いで黒いローブの少女を探す。すると少女は演習場の端にいた。


「きゃああああ」


 いち早く見つけた女性から悲鳴が上がる。それもそうだ。ローブを着た少女は演習場にいた生徒の頭を片手に持っていたのだ。頭が無くなった生徒の体は地面に倒れ、地面を真っ赤に染めて行く。

 観客達はパニックになり悲鳴を上げながら観客席から出て行く。気分が悪くなって吐き出す人も出てくる。

 演習場に残ったもう1人の生徒は、親友がなすすべもなく殺されたことに、信じられないような物を見た顔になり固まる。だが固まっている暇はない。

 少女は固まっている生徒に向かって跳びかかる。もちろん生徒は固まっていたため簡単に捕まる。だが、少女は先程と違ってすぐには殺さずに、捕まえた生徒の首を掴んで無理やり地面に押し倒す。首が閉まっているため生徒は苦しそうな顔を浮かべる。そして首を絞められてる拍子に少女の顔が見えたのか、驚いた表情を浮かべる。


「お、お前…」


 気道がふさがって苦しいなか何とか喋るのを続けようとするが、次の瞬間その言葉が途切れる。

 少女が力だけで生徒の片腕を引きちぎったのだ。演習場と観客席内に悲鳴が響く。少女はちぎった腕をゴミを捨てるように後ろに軽く投げ捨てる。

 生徒の片腕がちぎられた拍子に首にかかってる力が弱まったため、生徒は痛みに耐えながら少女に叫び散らかす。


「そんなに俺達が憎いかよ!でもよ、殺すほどじゃねぇだろ!」


 生徒がそう言うと、首にかかっている力が再度強まり、生徒は苦しそうな顔になる。


「そんなに頑張って怒鳴ったって無駄だぜ。こいつにはもう何も聞こえてない」


 今まで笑顔を浮かべ傍観していた魔人が少女の横に立ち、生徒を見下すような視線を送りながら話しかける。


「こいつにはお前らに長い間、何年も何年も馬鹿にされ見下され、傷つけられたたことしか残ってない。今のこいつを動かしてるのは復讐心だけだ。自我なんてもんはもうねぇ」


 魔人が言い切ると、タイミングを合わせていたかの様に生徒の残っていた片腕も引きちぎられる。生徒は喉が切れるのではないかと言う程の悲鳴を上げる。それがうるさかったのか少女は首にかけている手を力を強めて悲鳴を押し殺させる。

 だが、次にやることの邪魔になったのか、首から手を離す。今まで苦しかったため生徒はすぐさませき込む。だが、まだ生徒の悲鳴が演習場に響く。今度は片足が捥がれたのだ。そして悲鳴を上げた状態のまま少女はもう片足も捥ぐ。


 少女は先程までと同じ要領で捥いだ足を投げ捨てると、今度は生徒の頭と体を掴む。


「ま、待ってくれ!もういいだろ!もう許してくれ!俺が悪かった!あいつに指示されてたことなんだよ!俺だってやりたくて」


 次の瞬間、生徒の頭と体が力で引きちぎられる。少女はその頭と胴体を投げ捨てると叫び声をあげる。その叫び声はもう人の物では無かった。


「終わったか。いや、まだまだだったな。心のままに、本能のままに復讐しな」


 魔人が結界を張った時と同じ様に地面に手をつくと、演習場を覆っていた黒色の結界が無くなった。

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