第195話
走って来たボスに対してシャリアはまず相手の力量を測るために避けて行く。それも紙一重でだ。
殴りはもちろんのこと、蹴り、フェイク、頭突きなどを入れても紙一重で避けられているからと言ってボスは焦ることなく、確実に一撃が入るように隙を伺いながら攻撃手を休めない。
十分ボスに攻撃させたため、シャリアはボスの拳をあえて受け流す。突然受け流されたことでボスの体勢が崩れ、前のめりになりシャリアを通り過ぎる形になる。そのためボスの横腹ががら空きになり、シャリアが攻撃できるようになる。
(や、やべぇ!?来るっ!)
ボスは攻撃が来ることを覚悟したが、シャリアから攻撃されることは無く、ボスは勢いそのままに通り過ぎてシャリアから離れる。
「…なんで攻撃しなかった」
「お主の爺さんは今ので体勢が崩れることは無かったぞ。まだまだ弱いの。もっと本気でこんか!」
「!?」
シャリアの発する空気が一瞬で変わり、その圧にボスが飲まれ、息をするのを忘れて冷や汗を大量に出す。それを見たシャリアはため息をつきながら威圧を止める。威圧を止めると、ボスは踏ん張り、体勢を崩すことなく必至に呼吸し始める。だが、一度威圧に飲まれたことで、勝てないと思ったため手はかすかに震えている。
「この程度で限界かの~。つまらん。もう止めるか?」
シャリアが挑発的に笑いながら言うと、ボスは恐怖に飲まれた目でシャリアのことを見ながらも、その目にはまだかすかに勝利への渇望が含まれていた。
「ま、まだだろうが!俺はまだ一撃もくらってねぇだろうが!」
震える足を叩き、手により一層力を込めて拳を作り構える。その目は先程よりも勝利を欲していた。
それを見たシャリアは、今度は歓喜から笑顔になり、手に嵌めていたガントレットを仕舞ってから構える。
「あのガントレット
「お主と戦うには過剰じゃからの。なんならこれも脱いだ方が良いかと思うがの」
シャリアは片足を上げて、グリーヴをよく見えるようにしてから軽く揺らす。ボスが自分と相手の力量の差がものすごく離れていることが分かっているために、心の中では脱いでほしいと思うが、それを言っては示しがつかないと思い言葉を飲み込む。
「なめんじゃねぇよぉ!」
ひと際大きな声を発してから、シャリアに向けて最初と同じ様に駆け出す。だが今回は走りながら岩を撃ち込んでいく。シャリアも今度こそは戦うためにボスに向けて走り出す。
シャリアの適性魔法である光では岩を撃ち落とすことは得策ではないため、シャリアは岩を横に跳んで避けるか蹴りで砕いて進む。だが、効かないとは言えボスは魔法を撃ち続けた。
そして、2人の拳がぶつかる。
「何で1発も当たらねぇんだよ!」
「魔力感知が使えるからの。ただ撃つだけじゃ当たらんよ」
ボスは喋りながらシャリアのことを殴りつけるが、シャリアはその拳を自分の拳で受け止める。何度も同じことをしてると、ボスは離れて痛そうな顔をする。だが、シャリアが離れることを許すことは無く、ぴったりくっついて離れずに殴り続ける。そしてボスは拳を痛めてるため、腕で受けたり何とか受け流そうとする。
「こっちはしっかり魔力で覆ってんだぞ!なんでそんなにかてぇんだよ!」
何とか受け流したり避けたりしながらボスが叫ぶが、シャリアは容赦なく殴りつける。拳が使えないため蹴りと魔法で岩を飛ばして応戦していたが、蹴り受け止めるときはグリーヴで受け止めるため逆にボスがダメージを負い、岩は魔力感知で察知して避ける。
力量に差があるためシャリアの攻撃を避けることが出来ずにくらうことがあったが、シャリアは1発入れるとそれ以上は入れずに離れてボスが来るのを待つ。それを何度も繰り返しているとボロボロになったボスが地面に膝をついてシャリアに問いかけてくる。
「さ、さっきからなんだよ…。は、早くやればいいだろ…」
弱弱しい声で聞いてきたボスに、もう動けないことを察したシャリアは構えを解いて手錠をかけてから隣に腰を下ろす。
「お主、なんで再興なんてさせようとしたんじゃ」
「関係ねぇだろ」
「話してみ。年長者の言うことは聞くもんじゃ」
少し悩んでから、ボスは諦めたようにボソボソと話し始めた。
「俺が小さい頃、まだ10歳ちょっとくらいだ。唯一の家族だった母親が売られたんだよ。あんたは知ってるみたいだが、俺達は犯罪者の子供だって後ろ指刺されてな。住みにくかった。この社会が憎かった。それでもお袋は優しく、しっかり育ててくれた。俺にはお袋しかいなかった。そんなお袋が売られたんだ。奴隷になったら基本生きてるはずがねぇ。そんなのはガキの俺でも分かった。もう何もかもを呪った」
ボスは下を向いてしゃべり続ける。いつの間にか地面には涙の後があった。
「俺は裏社会に紛れて売った商人のことを探し続けた。あいつは有名人だったから簡単に見つけられたよ。だがな、ただのガキが近づける奴じゃねぇ。近づくにはあいつの部下になるか、取引相手になるしかねぇ。あいつの部下なんて死んでもなりたくねぇ!だから俺は裏社会でえらくなって殺すって決めたんだ!」
ボスは興奮して顔を上げる。そのボスの目は恨みで染められており、普段の赤い目が黒くなったように見えた。
「そして俺はジジィが使ってたエビドの名を使って確かな地位を築いた。あんたらは知らねぇと思うが、裏社会ではまだエビドの名は死んでねぇ。仲間集めて名乗ったら簡単に人が集まったよ。今ではかなり大きい組織になった。だから俺はあいつを殺そうとしたんだ。…アサシンに任せておけば確実に殺せると思って安心してたんだがな。誤算だった」
再度力が尽きたように下を向くと、ボスは黙った。
話し切ったため、今度はシャリアが話し出す。
「昔、馬車が襲われている所に遭遇しての」
もう体力を使い切ったためか、ボスは反応を見せずただただ聞き続ける。
「強くないモンスターだったから簡単に殲滅出来た。じゃが、私達は馬車が乗せていたものに驚いた。奴隷だったんじゃ」
ボスは肩をピクリと動かして、ゆっくりとシャリアの顔を見るために顔を上げ始める。
「乗っていた者に中に、昔戦った男の面影がある女性を見たから私は他の者よりも驚いていたじゃろうな。しかも阿保面での。もし見られたら笑われておったじゃろ」
「そ、それって…」
「お主の母親じゃ。今は私の屋敷でメイド長をしておる。元気にしておるよ」
シャリアがそう言うと、ボスは声を殺して泣き始めた。シャリアはボスから目を逸らし、泣き止むのを待ち続けた。
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