第166話


 借りている部屋に着いたフラージュはさっそく治療を開始する。

 かろうじて息はしているが危険な状態でベッドで寝ているアルンの包帯を取っていく。血が予想よりも出ているため、既に包帯に血が滲んでおり使い物になっていなかったのだ。

 包帯を取ったフラージュは胴体にバツ印に出来た大きな傷の上に手を出すと光を出し始める。

 傷に光を当て始めて10秒ほど経つと傷の上部がふさがり始めたためフラージュは傷に合わせて光を下にゆっくり下げて行く。


 上半身に出来た切り傷を塞ぐことが塞ぐことが出来たころにはとても集中していたためかフラージュの額には汗粒が出来ていた。

 今までよく見ていなかったアルンの上半身をフラージュはゆっくり見て行くと、今回の傷以外にも細かい切り傷の跡がたくさんあった。

 どうしてこんな傷があるのか気になったが、本人が起きないことには聞くことも出来ないため寝ることにした。

 もう包帯を巻く必要は無くなったために、服を着せてからフラージュは床で寝ることにした。




 翌朝、フラージュが起きてみるとベッドの上で上半身を起き上がらせて、服を脱いで自分の体を不思議そうに見ているアルンがいた。


「おはようございます。体調はどうですか?」

「あ?フラージュちゃんか。もしかして傷を治してくれたのか?」


 動揺しながらも聞いてくるアルンに対して笑いそうになるのを我慢しながら返答する。


「そうですよ。傷を治すような魔法道具マジックアイテムを持ってたのでそれを使いました。ただ、怪しまれないように胴体だけですけど」

「いや、それでも助かった。本当にありがとうな。さすがに剣を使われたときは死んだかと思ったわ」


 いつも居酒屋にいるときと同じ様な顔で笑っているが、フラージュにはいつもと違うようにしか見えなかった。


「傷跡がたくさんあったのを見ました」


 一瞬驚いたような怯えたような顔になるが、すぐに笑顔に戻る。


「…殺されかけたからか。話して良いと思っちまうな。…俺はアルン=アルゲーノス。この王都で名の知れた上級貴族の次男だったんだよ」


 ここ3週間ずっと居酒屋に通っているというのに、金に困っていないことに疑問にいたがこれで解けた。


「俺の家は貴族至上主義でな。それに気持ち悪く思ってた俺は家族にとっては不気味と言うか、邪魔だったんだろうな。小さい頃から放置だったよ」


 自虐的に笑うアルンにフラージュはかける言葉が見つからなかった。



「それを良いことに兄貴はチャンスと思ったんだろうな。小さい頃から俺を殴ってストレス発散してたんだよ。まぁ俺はそれを我慢してたんだ。最初は殴る蹴るだけだったが、気づいたらナイフを使うようになってたけどな。傷跡はそれだ。…ただこんな俺にも得意ことがあってな。勉強が得意だったんだ。特に魔法道具マジックアイテムを作るのが得意だったんだよ」


 そう言っていつの間にか持っていた魔封石をまじまじ見る。


「それを学園に入ってから分かってな。ここからはなげぇから今は話さねぇが、まぁ魔法道具マジックアイテムが儲かってな。居酒屋に払ってる金もそれで儲かったのだ」


 いつの間にかいつもの笑顔に戻っていたため、フラージュが安心したところで、アルンの眉間にシワがよる。


「話しを戻すとな、俺は絶縁された身なんだよ。それなのにあいつらは魔法道具マジックアイテムで儲かったと分かったらたかってきやがった。兄貴はそれが気に入らなかったんだろうな。昔みたいに殴られたよ。抵抗したこともあったが、俺はそっち方面はからっきしでな。…これは関係なかったな。昨日も呼ばれてな。ただ、気になったことを聞いたんだ。「この頃たかってこねぇが大丈夫なのか?」ってな。それがアイツにとっては逆鱗だったみたいでな。このざまだったってことだ」


 ここまで話したアルンの顔は辛さを隠そうとしているが隠せていなかった。それを黙って見ていれなかったフラージュはアルンに抱き着いて頭をなでた。


「お、おいフラージュちゃん!?」

「そんなに無理して笑わないでください。そんな顔はあなたには似合わないですよ。辛いなの笑うなんてしないでください」

「…すまねぇな」


 しばらく部屋にはアルンが出す嗚咽だけが響いた。


 泣いて大丈夫になったアルンはフラージュのことを引きはがす。すると、悪戯をする子供の様な笑顔になる。


「にしても、上半身裸の男に抱き着いてくるとはな。誘ってんのか?」

「な、なに言ってるの!」

「俺はかまわないぜ?フラージュちゃんとは話してて楽しいからな」

「け、怪我人は寝てろ!」


 フラージュは軽く小突いたつもりだったが、予想よりも力が入っておりアルンがベッドに倒れる。


「い、今までくらった中で1番効いたぜ…」

「ほら、そんなこと言ってないで寝てて」

「お、いつもの敬語が取れてるねー」

「うるさいなー。私はもう行くから。寝ててね?いなくなってたら意地でも探し出すから」


 恥ずかしくなったフラージュは着替えてもいなかったというのに部屋を出て行く。


 誰もいなくなった部屋でアルンは服を着て、扉を見つめる。


「何者なんだろうなー。マジで今までで1番効いたぞ。これも知ってたし、やっぱただもんじゃねぇな」


 先程のパンチのダメージがデカかったため、アルンは考えるのを止めておとなしく寝ることにした。




 居酒屋に着いたフラージュは、居酒屋についてから自分がパジャマだったことに気づき、急いで控室で着替える。着替え終わってホールに出ると店長が心配そうに話しかけて来た。


「フラージュ、アルンさんは大丈夫だったか?」

「はい。今朝には少しだけですけど元気そうにしてました。治療院で見てもらったんで今も私の家で寝かしてます」

「ん?にしては来るのが早かったな」

「治療院のが近所にあるんですよ。だから昨日も連れて行くって言ったんです」

「そうか。助かった」


 そして、普段通りに働き始めた。同僚たちや常連の客がアルンがどうなったか聞いてくるがフラージュはあたりさわりない返答をした。




 アルンが大怪我をしてから2週間が経った。顔に出来ていた傷なども治っていたため数日前には家に帰していた。


 今日は久々の休みで、任務である帝国に情報を貰っている者を見つけるために動き出そうとしていた。正体がバレないようにローブを着て仮面をつけて窓から外に出る。

 既に捜索する場所は決めていた。場所は上級貴族アルゲーノス家。フラージュはそこに潜入することにしていた。

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