第10話

 爆弾は黒のプラスチックケースに覆われ、時を刻む赤文字のモニターのほかに、携帯電話の数字盤のようなテンキーが取り付けてあった。どうやらコードを入力することで起爆などの制御ができるようになっているらしい。

 時計に爆弾がついただけの簡単なつくりではない。中を開けてしまえばブービートラップが張り巡らされた地獄が待っていそうだ。コード入力による解除が素人の俺には適切だろう。

 まずは手始めに探りを入れる。触るにしてもある程度の安全は確保しておきたい。


「ふむ。……衝撃感知装置は付いていないようですね。遠隔装置もなし、と。わかりやすくて助かります。規模も大きくありませんね。せいぜいが一部屋グチャグチャになるくらいですか」

「流石、ですね」


 ま、衝撃感知装置がついていれば、はやとがあれだけ不用心に触っていたんだ。すでに爆発している。それに遠隔装置も、あったらとっくにドカンだろ。翔が椅子の下を覗いていたときなんか、絶好のチャンスだったんじゃないか? 規模だって、自分で言っていたしな。

 もちろん御手洗も馬鹿じゃないらしく、俺の発足には騙されず、未だに疑念の表情は晴れない。だが、様子が変だ。返答が何処か曖昧だ。


「しかし、よくできていますね。随分と爆弾作りにお詳しいようですが、いつお勉強なされたのですか?」

「……今の時代、調べれば簡単に出てきますから。大変でしたけどね」


 やはり外注か。なら協力者はあいつしかいないな。


「しかし、東雲しののめさんを殺した後はどうするつもりだったんです? あなたが捕まれば従業員を引っ張っていく人がいなくなりますよね。結局、お金が集まったところで立ち行かなくなりますよ?」

「それはご心配なく。ことが済めば、経営者が生まれますから」

「そうですか、そうですか。その方が爆弾をお造りになられたのですね」

「え?」


 いろんな感情が渦巻いてるねぇ。驚き、焦り、後悔、疑念。見透かされることに対する恐怖の色もあるなぁ。しかし若干の喜びも感じているとは。本当はやりたくなかったとか言い出すつもりか?


「経営権を担保に爆弾でも買ったんですかね?」

「ちょちょちょちょっと、どういうこと?」

「いえ、私は……」


 図星か。社長のせいで経営が立ち行かない。だから何とかしないといけなかった。解決方法はこれしかない。自分も最後まで経営に携わりたかったけど、でも……。そんな言い訳が頭の中をぐるぐると回っているのだろう。

 大切なものを守るために、大切なものを傷つける。先代から任されたホテルは、今後、どんな風に生まれ変わっていくのかねぇ。刑務所の中からじゃ見ることも、手出しすることもできないぜ?


「さて、無駄話はこの辺にしておきましょうかね。解体する時間もありませんし、解除コードを教えてもらうこととしましょう」

「そんなもの、教えるわけがないでしょう?」


 やっぱり、解除コードはあるようだ。不測の事態に備えてってわけだ。助かるねぇ。


「あなたからじゃないですよ」


 俺は固定器の受話器を持ち上げた。


「もしもし、井畠いばたさん? 菊川です」

「あら、菊川さん。どうしたの?」

「無駄よ! この部屋は私の指紋でしか開かない。マスターキーだってないんだから!」

「どうしたの? なんだか騒がしいけど」

「いやー、実はですね。御手洗さんの堪忍袋の緒がとうとう切れまして」

「やっと? よく頑張ったわよ。ホント、あの人働かないから。一発ガツンと言ってやるくらいがちょうどいいわ」

「ははは。それでですね、来栖くるすさんなら止められるかなと思いまして」

「さすが。耳が早いわね。あの二人、最近いい雰囲気なのよ。すぐ向かわせるわ」

「いえ、状況説明をしておきたいので、いったん電話口に出てもらえますか?」

「おっけー、すぐ呼んでくる。ちょっと待っててね」


 電話口からオルゴールの待機音が流れてくる。はやとの趣味だろう。重苦しい雰囲気の曲だ。状況にはぴったりだが、今は聞きたくないな。そんなことを思っていると、突然、プツリと音が消えた。御手洗が勝ち誇ったような顔で電源と電話線を持っている。


「知ってます? 最近はって便利なものがあるんですよね」


 御手洗を嘲笑いつつ、スマホを取り出す。怒りで我を忘れれば、こちらとしても動きやすい。


「もしもーし」

「ああ、よかった。井畠さん? すいません。御手洗さんが電話線引っこ抜いちゃって」

「あら、相当お怒りのようね」

「ええ、そうみたいです。来栖さんは?」

「今隣にいるわ。変わるわね」

「もしもし?」

「ああ、来栖さん。爆弾の解除方法、教えてくれません?」

「えっ」


 脅迫文が届いたというのに、初めて会った俺の言葉を信じて、一切の荷物検査もなく、警戒もせずに通したのだ。よっぽどの無能か、あるいは爆弾を持ち込む人間がいないと知っているかのどちらかだ。


「いえね。社長室で爆弾が見つかりまして、御手洗さんが自白したんですよ。来栖さんが用意したって」

「私はそんなことしてない! 騙されないで!」

「ちょちょっと待ってください」


 声が乱れる。移動したようだ。声が漏れて聞かれでもしたら不味いもんなぁ?


「あまり大声をあげると周りの方たちに怪しまれますよ。幸い、あなたの犯行は私たち以外にはバレていないんですから」

「……どういうことですか?」

「いえね、御手洗さんを問い詰めたら色々話してくださいまして。どうやら来栖さんを犯人に仕立て上げるつもりだったみたいですよ?」

「違う! 私はあなたに!」


 さあ、騒げ! 騒げば騒ぐほどに疑惑は強まるぞ? どうしてそんなに必死なんだ。何か隠そうとしてるんじゃないかってな。

 電話線の制限から解き放たれているために、いくらでも動き回れる。つまりは御手洗の攻撃も避け放題。いやー、助かったよ。引っこ抜いてくれて。


「証拠はあるんですか?」

「自白した録音データが。ただ、残念ながら携帯で録音してしまったので通話中は再生できないんですよ。ホテルの内線を使ってお聞かせしようと思っていたのですがね、電話線を切られてしまいまして」

「……そうみたいですね。ちなみに、どうやるつもりだったんですか」

「あなたをめる方法ですか? 簡単ですよ。貴方から包みを受け取った。自分は中身が爆弾だとは知らなかった。そう証言すれば必然的にあなたが犯人になるでしょう?」

「それを誰が信じるんです?」

「逆に信じないとお思いですか? 我々は今、社長の部屋に閉じ込められているんですよ。御手洗さんも一緒に。つまり、爆発に巻き込まれるわけです。爆弾を仕掛けた犯人が巻き込まれるなんて普通考えますかね?」

「それは……」

「もし爆発が起きれば、私と社長は死に、携帯は壊れて、録音データも消し飛ぶでしょう。そうしたら、誰があなたを守るとお思いですか?」


 携帯の音声だけでは情報が少なすぎて感情が読み取れないが、頼むぜ、来栖さん?


「……わかりました。830214です」

「わかりました。830214ですね。御手洗さんの誕生日ですか」

「だめよ!」


 その瞳には勝ち誇った歓喜の色。悲痛な叫び声を演じているようだが、高笑いに聞こえるぜ?


「起爆コードを教えても御手洗さんは爆発に巻き込まれませんよ? コードを入力するのは私と社長ですから」


 返答はなし、か。


「こちらとしても大事おおごとにはしたくないわけですよ。警察なんか入った日には騒ぎが広がって、客が寄り付かなくなってしまいますからね。社長は言わずもがな。私も職場を失ってしまうんです」

冬悟とうごくん。だめよ! 騙されちゃだめ!」

「幸いこの部屋には家具がたくさんありますからね。爆弾の上に物をかぶせて、爆発させれば、生き残ることはできるでしょう。まぁ、怪我はするかもしれませんが。あ、もちろんその時は私は証言しませんよ? 御手洗さんが犯人だったなんてことは」

「脅してるんですか? いよいよ焦ってますね」

「それはそうでしょう。こちらも命がかかっていますからね。なので、もう一つ有益な情報を教えてあげましょう」

「まだ何かあるんですか?」

「今、あなたが耳に嵌めているそれ、なんだかわかります?」

「……無線機ですけど」

「そうですね。全スタッフがそれをつけているわけですよ。もう、わかりますよね?」


 ま、もう何もかも手遅れだけどな。警察は呼んだし、この会話は録音済み。俺が無線で暴露しなくてもお前は捕まる。


「三人も殺せば、どういう罰が与えられるでしょうね。しばらくの刑務所生活で済めばいいですけどね」

「電話線は切れているんですよね?」

「なんで内線と無線機が一緒だと思ってるんですか?」

「……なら、無線機で連絡を取ればよかったじゃないですか。それで録音データも聞かせられますよね?」

「全スタッフに聞かせる気ですか? 騒ぎを起こすのはこちらの本意ではないと伝えたじゃないですか」

「でも、僕には関係ない」

「へぇ、そうですか。あなたを犯人に仕立て上げるという御手洗さんの声をあなたに宛てて無線で流してもいいわけですか。誰も勘繰らないと? あなたはただ巻き込まれただけの無関係な人間だと? 誰がそう思うんです?」


 返答はない。傷ついたホテルの経営権と自分が殺人犯として捕まるリスクを天秤にかけているのだろう。初めから、そんなリスクなど存在しないというのに。共犯者を信じれないお前の負けだよ。


「コードを入力してください。558872です」

「558872ですか……何回嘘をつく気ですか?」

「……解除コード。本当は知っているんじゃないですか?」


「まさか。知っていたらこんな回りくどいことしませんよ。私は嘘を見抜けるだけです」 


 まあ、電話越しの声じゃあ、さっぱりだけどな。ノイズが多すぎる。答えは目の前の一途で健気なお前の共犯者が教えてくれてるよ。


「さあ、教えてください。そうすれば私たちの命は助かって、あなたも警察に捕まらなくて済むわけです。だって、事件なんて起きなかったんですから」

「…………950630です」

「950630ですね。ふむ。ありがとうございます」


 コードを打ち込むとモニターの減算が止まった。通話を切り、翔に手を振る。翔は腰を抜かして床に倒れこんだ。


「これで一安心ですね。来栖さんのことは、警察が来てから考えましょうか」


 その時、憎悪の炎を宿した御手洗の瞳が翔を睨み、手が動く。その顔は自分の命と引き換えてでも対象を殺してやろうとする絶対の意思が見え、その眼光だけでも殺せそうなほどの勢いだった。

 御手洗がポケットから取り出したのは一本のライター。足元には重油の入ったポリタンク。火でもついたら一気に燃え広がり、部屋の中は火の海で、爆薬にも簡単に引火するだろう。

 

「もう、悪あがきはやめてください」


 行動を起こす直前の人間は特有の顔をする。ここ数日で立て続けに事件に巻き込まれたせいで、そういう顔に詳しくなってしまった。ああ、嫌だねぇ。人殺しの顔がわかるなんて。

 動くとわかっていれば阻止するのは簡単だ。しかも、直情的になった人間の動きならば尚更に。俺が御手洗の手を掴んでライターを捥ぎ取ると、遠くから、サイレンの響く音が聞こえた。


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