第4話



「あいつが、あいつが悪いんです。あんなヤツ、死んで当然だったんだ」


 絞り出すようにつぶやく斎藤の言葉には確かな憎しみがしみ込んでいた。これまでの嘘偽りを並べたてただけの用意されたセリフではない本心から出た言葉。心の内をさらけ出し、無防備になった人間の言葉はなぜだか人を惹きつける力がある。例えそれが、殺人犯の言葉であったとしても。

 しかし、その後に続く言葉は、保身に満ちた、ない糸を手繰り寄せようと躍起になる斎藤の滑稽な姿をありありと映し出していた。


「あいつは詐欺師で、僕はその片棒を担がされていたんです。最初は、知りませんでした。久しぶりの仕事で、ああ、助かった。これでしばらくは乗り切れると、あいつの依頼を受けたんです」


 宣慶の異常性を説き、自身の不遇を示す。全ては自己の正当性を主張するための茶番劇。素直に罪を認めればいいものを。まったく、反吐が出るねぇ。


「どんな依頼内容だったんですか?」

「……浮気調査でした。よくある話です。様子がおかしいから妻を調べてくれと」


 亜利紗の瞳が揺れた。浮気自体は事実だ。その裏にどんな思惑が潜んでいようとも。ま、同情はしないけどな。お互い金が欲しかった。それだけのことだ。


「浮気の証拠はすぐに得られました。ホテルに入っていく男とあいつの元妻の写真が撮れたんです。それで依頼は終了。思えば、随分とあっさりしていたと、あのとき気付くべきでした」


 お前が今抱いている後悔は、殺してしまったことに対してでも、宣慶の裏の顔を見抜けなかったことに対してでもない。自分のトリックを見抜かれて、殺人がばれてしまったことに対してだ。もっとうまく殺せばよかった。トリックを複雑にすればよかった。そう考えているんだろう? 違うか?


「何か裏があったんですね」

「はい。そうなんです」


 熱心な聴衆は語り手の口をよく動かす。それが話したい相手ならなおさらだ。今回は罪を糾弾した俺と、言い訳をする斎藤の図。まさしくピッタリと言える。さあさあその醜い言い訳をどんどんしゃべってくれ。


「数ヶ月後、またあいつが事務所に来て、浮気調査をしろと言いました。それ自体は珍しい話ではありません。一度浮気をされると、相手を信用できなくなるからです。それに、浮気は常習性が高いのも事実です。それで僕は、特に深く考えもせず、引き受けてしまいました」


 目を閉じ、大きく息を吐く。頭を抱えて項垂れるその姿は全身で悲壮感を表していた。頭の中では次の言葉を考えているだけだろうがな。反省なんて微塵もしちゃいないことはわかってるぜ?


「でも、資料として手渡された写真は、前回と全く違う女性でした。それをあいつに尋ねると、再婚したんだと言ったんです。不思議に思いながらも、僕は証拠を掴むために調査をはじめました。離婚後すぐに再婚するなんて事例は今までにもありましたし、何より僕には仕事を断るだけの余裕がありませんでしたから」


 俺は口を押さえて同情の視線を送る。こんなの口を押さえないとやってられない。だって、あまりにも滑稽だろうが。怪しい、でも引き受ける。怪しい、でも引き受ける。その繰り返しだ。他に言い訳はないのだろうか。


「僕は目を疑いました。女性の浮気相手が、前回の男と同一人物だったんです。それを報告しても、あいつは何も言いませんでした。それで僕は確信しました。これは裏があると」

「騙されていたんですか」

「そうなんです。そうなんですよ! 問い詰めると、あいつは言ったんです。わざと浮気させていると。自分の財産をチラつかせて女と結婚し、浮気させて、慰謝料を請求していると。あいつと浮気相手はグルだったんですよ。僕はあいつを止めましたが、聞くようなやつじゃなかった。それどころか、お前は共犯だと、脅してきたんです。従う他ありませんでした。だって、そうでしょう? もし訴えられでもしたら、僕は職を失って、生きていくことができなくなるんですから」

「その気持ちはよくわかります。私もこんな職に就いていますから」


 宣慶も斎藤も結局、やっていることは同じ。金のために相手を騙している。ま、俺もそうやって生きているんだ。それ自体は否定しないが、つまりは言い訳にもならないってことだ。当たり前のことなんだから。


「はい……。それから、僕は何度も依頼をこなしました。そしてあいつの態度も横暴になっていきました。僕が逆らえないのをいいことに、どんどん支払いを減らしていったんです。タダ働き同然で、仕事をさせられ、他の仕事も手がつけられなくなっていきました」


 さて、そろそろ言い訳も終わりか。俺は頷き、斎藤の目を見た。言いたいことはわかっている。仕方がないことだったんだと言い聞かせるように。


「あいつなんか、死んで当然なんですよ。僕が殺さなきゃ、僕のほうが先に……」


 その言葉を聞いて、俺はスマホの画面を指で叩き、録音を止めた。そして、スマホを耳に当てた。


「もしもし、警察ですか? 殺人です。人を殺したと泣き喚く人が……。はい。はい。住所は――」


 皆が混乱の眼差しを向ける中、電話を終える。急行してくれるとの事。それは安心。殺人犯を野放しにしておくなんて、なかなかどうして、できるわけがない。


「ど、どういうことだよ」

「そりゃあ、あれですよ、書越さん。犯人不明のまま警察を呼べば、現場検証に事情聴取。帰れるのは明日の明け方ですよ? 帰りのタクシーだって呼んだのに、もったいないじゃないですか。なので、自白してもらいました。あ、音声データは依頼の時のメールアドレスに送っておきましたので、おそらく宣慶さんのやつですかね? 警察が来たら提出してください」

「ど、土砂崩れっていうのは……」

「嘘に決まってるじゃないですか。雨も降ってないのに。では、私はこれで」

「あ、あんた、狂ってるぜ……」


 颯爽と部屋を出る。引き止める隙を与えない。


 外には帰りのタクシーが扉を開けて待っていた。予定通りに帰れることに喜びながら乗り込む。金持ちの顧客を保持できなかったのは残念だったが、本当に金持ちだったのは書越だけだったし、まあいいだろう。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 夕暮れ時の裏通り。車が一台通れるか通れないかというほどの細道に通行を邪魔するかのように雑多なものが並んでいる。頭上ではネオンの明かりがちらほら灯り始める中、俺は小さな机に紫のクロスを掛け、はたを立てた。水晶玉を取り出そうと鞄に手を突っ込んだところで肩を叩かれる。

 振り返れば、無精髭に頭を丸めた中年男がクチャクチャとガムでも噛んでいそうな顔でこっちを見ている。


「あ、おやっさん」

「あ、じゃネェよ。あ、じゃあ。オメェ、昨日何処にいた?」

「え? 灰田邸で占いやってましたけど? いやー、大変でしたよ。殺人事件に巻き込まれちゃって」

「おう、そうだな。なんで帰った。そこは待っとけよ、オメェヨォ」

「えー……。そうカッカしないでください。血圧上がりますよ。さあ、座って座って」


 ぶつくさ言いながらもちゃんと座るおやっさんこと葛西清吽かさいしんご。たいして怒っていないのは明らかだ。俺の顔でも見に来たのだろう。ただの世話焼きか、あるいは困りごとか、はたまたその両方か。


「で、なんですか?」

「聴取だよ。聴取。ったりメェだろうがよ」

「俺相手に嘘つかないでくださいよ。本当はなんですか?」

「あー、まあ、聞けって。建前っテェのがあるんだよ、こっちには」

「面倒くさいですねー」


 おやっさんはふぅと溜息を吐き、タバコに火をつけた。俺が露骨に嫌な顔をしても気にも止めない。煙が染みついて客が集中し難くなるんだよなぁ、この臭い。


「ふぅーー」

「ケホッ、ケホッ」

「オメェ、斎藤了との関係は?」

「昨日が初対面ですよ。被害者の灰田宣慶に占いの依頼を受けて、灰田邸に行ったら居ました」

「なんで犯人だとわかった?」


 そりゃあ、まあ。脈を測る前から死んでるって確信したような動きしてたからなぁ。それに指先にも集中するそぶりもなかったし。あの、殺ってやったぜっていうアドレナリンがドバドバ出てそうな顔も傑作だったなぁ。隠すつもりがあるのかと。


「おやっさん、お忘れですか? 俺、占い師なんですよ。パパッと占えば、チャチャっと解決ってね」

「オメェなぁ……」

「というか、録音聴いてないんですか?」

「聴いたよ。ひデェな、ありゃあ。一応こっちでも取り調べはしたけどな。ポッキリ折れちまってて、順調も順調。めちゃくちゃ助かったよ!」

「あはは。そりゃどうも。それで、本題はなんですか?」


 おやっさんがずいっと顔を近づける。タバコ臭くて煙たい。外に漏らすことができない話なんだろうけどさあ。あー、嫌だ嫌だ。


「……スタチマコチンって知ってるか?」

「いえ。なんです? それ」

「斎藤が犯行に使った毒だよ」

「へぇー。昨日の事件。毒殺だったんですね」

「ああ。どうも被害者の灰田宣慶、随分とケチクセェやつだったみテェでな。酒はいつも、客に出す前に一口先に飲んでいたらしい。だから秘蔵のワインに毒を仕込んだんだと。それで、害者だけがお陀仏ってわけだ」

「なるほど」

「あとは、ぶちまけたワインを血液に見立てて、殺害時刻を偽装して自分のアリバイ作り出したってわけだ。包丁は隙を見て刺すつもりだったとも言ってたな」

「でも、それならワインボトルをベッド下に隠した件はどうなるんです? その供述が本当なら、被害者が死んだとき、斎藤は手出しができません。ボトルが床に転がっていれば床に広がった液体はワインだったのだと気付きますし、トリックが成立しませんよね」

「それも灰田のケチが災いしてな。低価格リフォームで、床が傾いていたんだと。ベッドの片側の穴を塞げば、ボトルが床を転がって、ベッドの下ってわけだ」

「は~、いろいろ考えるもんですねぇ。で、スタチマコチンですか? それがどうしたんです?」

「ああ。その毒なんだがな、最近で回り始めたやつなんだわ。出処不明で捜査をしてたんだが、今回の事件でも使用されたってんで、斎藤の近辺を洗ってみたんだが、交友関係が希薄でな。なんか知らねぇか?」

「うーん、特には。あの場にいた人たちも怪しい素振りはありませんでしたね」

「そうか。ならいいんだ。邪魔したな」

「まあ待ってくださいよ。あの事件のせいで、占いの費用、いまだに支払われないんですよねぇ」

「そりゃオメェ、いろいろごたついてるだろうさ。人が死んだんだ。感情以外にも手続きだなんだって忙しいんだよ。それとも何か? 警察の権力使って催促しろっテェことか?」

「あはは、まさか。時間がかかるのは俺も理解してますよ。ただ、手持ちが心許なくてですね。捜査協力金、出ないんですか? 犯人逮捕に協力したわけですし……」


 タバコを灰皿へと押し込みながらおやっさんは片眉を上げて俺をにらんだ。


「オメェよぉ。確かに協力はしてたかも知んネェが、現場から逃げたんだぞ? 火消しにどれだけ苦労したと思ってんだ。協力金なんざ発生しネェよ」

「そこを何とか。本当にカツカツなんですよ」

「そんなわけあるカァ。オメェと会うたびにいつの間にか金がなくなってんだからヨォ。随分と儲けてんじゃネェのか?」

「そんなことないですよ。最近じゃ、現金持ってる人が少なくて、カードだ、電子マネーだーって。俺にはあんなの導入するお金なんてありませんし、月々の支払だって、こんな安定しない職業だと厳しいんですよ」

「あー、まぁ、言われてみりゃあ、そうか」

「だから、そのー。十万、二十万くださいとは言いませんから、どうか、今晩の飯だけでも……」

「わリィが、今日は遅番だ。この後も仕事だよ」


 いいねぇ。おやっさんはチョロくて助かる。こういう人ばっかりなら、世の中生きやすいんだけどなぁ。


「……次の休みはいつです?」

「そりゃ、オメェ……」

「日曜? いや、金曜。……金曜ですね。その日にしましょう」

「おい!」

「よろしくお願いしますね。夜は私も仕事がありますから。なるべく早い時間がいいです。そうですねぇ、時間は十六時に商店街入り口で。あ、向こうで喧嘩が始まったみたいですよ。酔っぱらいは、たちが悪いですね。行かなくていいんですか?」

「あー、もう、クソッ! 話は終わっちゃいネェからな」


 喧騒の中へと消えていったおやっさんを見送り、俺は席を立つ。場所を移動しよう。今日の仕事は隣の通りでやるか。結局、稼がないといけないことには変わりないからな。

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