第9話 中国唐の封常清

封常清(ほう・じょうせい。?-755)

 封常清は蒲州猗氏ほしゅう・きしの人。外祖父は罪を犯して流浪し安西あんせいにたどりつき、彼は外祖父に従って読書と政治を学び、優れた成績を収めた。彼は都知兵馬使とちへいばし兵馬使へいばし高仙芝こう・せんしがすこぶる文武の才能あるのを見てその侍従にならんと請うたが、高仙芝は封常清の風采が上がらぬためにそれを断った。彼は怒気沖天、高仙芝を顔で人を任官する野郎だと痛烈に批判したが、大望を達するために恥を忍び、のち、朝晩毎日高仙芝の門戸に居座って堅持すること数十日、高仙芝はこれに感得して、ようやくにして封常清を侍従に任じた。


 開元かいげん末年、達奚たっけい諸部が唐に叛いて遠くへ去らんとしたので、高仙芝は命を奉じて追撃、すべからく勝ちを得て帰る。封常清は高仙芝の行軍に要した路銭からその作戦状況、勝利を得るためにもちいた謀略などをひそかに書き留めていたが、それを利用する機会はなかった。高仙芝は捷ちを上に書して報せ、安西節度使・夫蒙霊詧ふもう・れいさんらはみな封常清を賞賛してその才幹を大いに認め、のち高仙芝が安西節度使となると封常清は判官となり、高仙芝が出征するごと、常にそのしんがりを固めた。


 高仙芝の乳母の子、郎将ろうしょう鄭徳詮てい・とくせんは高仙芝と親しいこと兄弟のごとく、高仙芝の地位を笠に着て虎の威を借る狐。これが封常清に目をつけ、あるとき、彼の騎馬を突然、封常清の通過中につっかけた。しかし封常清はおとなしく引き下がる玉ではない。自らに対する侮辱と受け取り、鄭時詮をとらえて杖刑60を加える。高仙芝の妻と乳母は情けを請い、高仙芝にも救いを求めたが及ばず、鄭徳詮は死んだ。高仙芝は封常清を怨むことなく、封常清もまた高仙芝に対して悪意敵意を抱くことがなかった。衆人はみな高仙芝と封常清の治軍厳正で優れているところに、私情を差し挟む余地無しと認めた。


 天宝11年、封常清は安西四鎮あんせいしちん節度使せつどしとなる。安禄山あん・ろくざんが叛乱を起こすと封常清は長安へ帰り、玄宗に拝謁した。玄宗げんそうが彼に平叛の策を問うので、封常清は「安禄山は中原を侵犯し、その勢い日増しに増して、人これと戦うすべを知りませぬ。しかし物事には逆順というものがあり、奇変の勢いありと申します。願わくばわたくしを東京とうけいまで馳せて赴かせ、府庫を開いて驍勇の士を募り、河北に渡って進ませて頂ければ、数日にして安禄山の首を取ってご覧に入れましょうぞ」といった。この豪言壮語に玄宗は甚だ奮い立ち、封常清を笵陽はんよう平盧へいろ節度使とした。封常清は即日東京に赴き、十日で六万の兵を募り、また河陽橋かようきょうを落として東京の守備を固めた。


 天宝14年12月、安禄山は黄河を渡り、兵を滎陽えいように向けた。封常清は武牢ぶろうに陣を敷いてこれと対峙するが、なにぶん封常清の兵は新兵揃いで訓練が行き届いておらず、戦闘力の差は歴然、反乱軍の前に鎧袖一触がいしゅういっしょく敗れ去り、武牢の守りを失う。反軍はそのまま勢いを維持して東京にいたり、双軍また東京の垣を巡って大戦したが、封常清はまたも敗北にまみれ、東京はついに反軍の手に落ちる。


 封常清は余衆を率いて陝州せんしゅうにいたり、高仙芝と相まみえた。彼は反軍の鋭鋒に当たるべからずと高仙芝に説き、陝州は守るに難いから西の潼関まで退き、長安の守りをなすにしかずと。高仙芝は封常清の建議を容れ、陝州を棄てて潼関どうかんに入った。


 玄宗は封常清敗北の報せを受けるとその官爵を削り、その身分高仙芝麾下の一般軍卒に落とした。監軍・辺令誠へん・れいせいは一度ならず玄宗に対し封常清、高仙芝の失敗について報告し、高仙芝が軍糧・賜物を盗用していると誣告ぶこくした。ゆえに玄宗の怒り激しく、辺令誠に命じて封常清と高仙芝を斬れと令した。封常清は長安に赴いて玄宗に謁見し、戦敗の原因は敵に対する認識が一歩及ばなかったと陳述しようと赴いたが、渭南いなんで玄宗の勅書を奉じた一団につかまり、潼関で抑えられて斬首された。刑に望んで、封常清は玄宗の言葉は辺令誠の言葉を反映したもので玄宗に罪はないといい、斬られた。見るべきは封常清の唐に対する一辺曇りもない忠心であったろう。

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