第07話 ピンチはやっぱりチャンスだよね
《
その言葉は直接、僕の脳内に響いてきた。
……え、何? 今、なんて言ったの? トリガーアクション? マスターベーション?
いよいよ、おかしくなって幻聴まで聞こえ始めたのか僕は。
ちょっと恥ずかしくなって、頬を指でポリポリ掻く。
蜘蛛の糸に引きずられながらそんなことを考えていた僕は、そこで自分の体に変化が起きていることに気づいた。
「……あれ? なんか疲労感が一気になくなってる?」
さっきまでは指一本動かせなくなかったはずなのに、今では無自覚に動かせるほど回復していた。
いや、それどころじゃない。なんだか知らないけど、全身に力が漲ってる。
三日間の疲労も、戦闘でのダメージもまるで全てが無くなったかのような感覚だ。
――なぜだろう。理由もないのに、今なら何でもできそうな気がする。
「おりゃ、っと」
「ギ、ギチチ!?」
試しに足に纏わりついた糸を手で引っ張ってみた。
すると、どうだろう。あれだけしつこく絡んでいたはずの剛糸がプチプチと音を立てて簡単にちぎれたではないか。
「えっ、嘘だろ? ……なんだこの力?」
突如として現れた自分の力に軽く引く。
でも、どうしていきなりこんな力が出せるようになったんだろう?
火事場の馬鹿力的なものが発動したとか? いや、でもそれでもここまでの力は流石に出ないよね。
となると、やっぱり。原因はさっきのアレしかないか。
――引金行動を認証。特異体質【超絶自慰】の発動条件を確認しました
あれが何を指しているのか分からないけど、僕が何らかの条件を満たしたことでこの力を手に入れたことは分かる。つまりは、これが僕の能力ってこと?
でも、マスターベーションとか何とかおかしな単語が混ざっていたような気がするんだけど。流石の変態紳士の僕でも異世界に来てオナニーが能力なんてことは、あるわけないよね。あははは。
「とにかく、よく分かんないけどパワーアップはできたんだ。なら、今やるべきことは一つしかないよね!」
「ギギギッ!」
急にパワーアップした僕に警戒しているのか、巨大蜘蛛はさっきよりも間合いを取ってこちらの様子をうかがっていた。
ふふふっ、さっきはよくもやってくれたね、この蜘蛛野郎。
前傾姿勢となった僕は、その勢いを利用して地面を蹴り抜く。すると、今まで感じたことのない凄まじい速度が出た。
……は? なにこれ? ヤバすぎないですか? しかもなんか蹴った地面に煙まで上がってるし。人類が出していい速度じゃなかったよ? 今の。
「ギッ、ギチュチュ!?」
異常な速度で加速したためか、視界から一瞬で消えた僕を見失い蜘蛛野郎が混乱しているのが見えた。これはチャンスだ!
背後を取った僕はクラウチングスタートの姿勢を取る。そして、倒すべき相手を見据えると渾身の力を持って地面を踏みしめた。
(やってやるよ! 僕はこの力を使いこなして異世界でも生き抜いてみせる!)
轟音が背後から鳴り響く。一気に加速した僕は右手で拳の形を作り、前に突き出す。
一筋の矢となった僕の拳はほどなくして巨大蜘蛛の体を貫き、その勢いのまま洞窟の外へ向かっていった。
「はぁ、はぁ……やった……僕が、勝った……僕が勝ったんだ!」
拳を空に向けて突き上げる。
こうして僕の異世界での初めての戦闘は幕を下ろした。
興奮と達成感が胸を満たしていく中、全身の力が抜けていく。先ほどまでの漲る力が嘘のように体の奥から疲労感が広がっていった。
え? 勝ったと思ったらこれですか? やっぱりこの世界、僕に厳しくない?
そんなことを考えている間にも、疲労感はどんどん蓄積されていく。
ついには立っていられず、僕は再び地面に体を転がした。
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