閑話① 青の彼方の憂鬱  

◇神聖アルク=ハイム教国 ――【大天空塔アヴァロン】最上階にて――



 大陸を統治する三大国家の一つ、神聖アルク=ハイム教国の中でもごく限られた者しか立ち入ることの許されない場所で彼女は憂鬱そうに下界を見下ろしながら溜息を吐いていた。

 そこはかつて創生神ネフィラムが降臨されたという聖地、大天空塔アヴァロン。下層ですら足を踏み入れるには枢機卿以上の地位が必要になるというとんでもない場所だ。

 そして現在、彼女がいる場所に至っては法王のみが入ることを許される。

 辰郎がもしもこの場にいたならば、どこのスイートホテルだ、と呆れたことだろう。


「はぁ……退屈ですね」


 だが、そんな贅を凝らした場所にいても彼女は退屈を禁じえなかった。

 どこまで我儘が許されようとも、この心が満たされることは決してない。

 それはこの場所の本質が玩具箱ではなく、鳥籠だということを彼女が知っているからだろう。

 ……ああ、本当に厄介だ。何事も見通す瞳を持つということは。

 再び溜息を吐いた。だが、それでも外の景色を眺めるのを止めようとはしない。

 いや、むしろ逆だ。これくらいしか、やることがないのだ。

 常人であるならば、そこには雲に覆われた景色しか見ることができないだろう。

 だが、彼女は違った。この世に生れ落ちた時から、全てを見通す瞳を持っていたのだ。

 そのため、こんな場所であっても下の世界で何が起きているのか把握することが出来る。

 もっとも、彼女自身はそのような能力など一度たりとも望んだことはないが。


「今日も退屈~♪ 明日も退屈~♪」


 気分を紛らわすために歌ってみたが、逆効果だった。


「……ワタシはいったい、なにをやっているのでしょう」


 こんな曲を作って歌ってしまうくらい、彼女の退屈は膨れ上がっていた。

 やめやめ、とばかりに首を振る。そして再びバルコニーから下の世界を覗き込んだその時だった。


「えっ?」


 全てを見通す瞳に白い輝きが映る。彼女は驚いた。まだ小さいが、これは間違いなく自分と同じ「世界に選ばれた者」の反応だ。

 ……いったい、誰が? 契約者は?

 興奮気味に見える範囲を拡大すると、そこには鬱蒼とした霧が覆った森が見えてきた。


(この森はたしか魔導王国クルップのステラ大森林でしたか? でも、こんな霧は今まで見たことが……いや、今はそれよりも特異体質者の特定が大事ですね!)


 改めて契約者を特定するために力を辿っていく。

 そして、たどり着いた先には洞窟の中で巨大蜘蛛に今にも食べられそうな契約者と思わしき、変わった身なりの少年がいた。


「えぇぇっ! なんか今にも食べられそうなんですけど!?」


 天眼てんがんの巫女の叫びが、誰もいない大空の彼方に木霊した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る