第5話 得も言われぬ快楽

「ああカラフ……私は、あまりに浅ましい女ではありませんでしたか……?」


 すべてが終わったあと、王妃は震える声でそう言った。

 寝そべったままもぞもぞと身体を曲げ、両手で顔を覆ってしまう。だからカラフは、王妃を安心させるように優しく頭を撫でてやった。


「とても可愛らしいお姿でした。それに、快楽に溺れる女性の声こそが、男への最大級の贈り物なのですよ」


 紳士的な態度を見せながらも、カラフは胸の奥から湧き上がってきたとある質問を、ぶつけずにいられなかった。


「今宵のような思いをしたのは、初めてでしたか?」


 口から出した後に後悔した。いささか不躾な問いだったか、と。

 しかし――。


「初めて、だったわ」


 王妃は顔を隠しながらも、素直に答える。


「あんな、自分の意思では止めようのない快楽を感じたのは、初めてだった。

 王家へ嫁ぐ前に、男女の身体のことはある程度習っていたの……。黙って殿方に身を委ねれば、女もとても良い夢が見られると。でもそんなものは、初夜に怯える女をなだめすかせるための嘘なんだってずーっと思っていたわ。

 ――けれど、嘘ではなかったのね」


 吐露された王妃の心情に、カラフは強い憐憫れんびんの念を覚えた。王家に嫁いでからの一年半、このひとは何度も辛い夜を過ごしてきたのだ。


 同時に、主君への怒りを感じた。

 武勇に秀で、多くの者に慕われる王も、妻一人満足させてやることができない、器の小さな男だったのか、と。

 カラフの心に生まれた王への侮蔑は、もはや誤魔化しようがないほど膨らんでいた。


 そしてそれだけでなく、得も言われぬ快感をも覚えていた。

 それは、肉欲とはまったく異なる、精神的な快感。美しく純粋な女性に、最初に肉の快楽を教え込んだ者だけが得られるこの上ない喜悦。

 しかもその女性は、有象無象の女ではなく、『王妃』である。カラフよりも遥か上に座す者の所有物。

 つまるところ、カラフはこの国でもっとも貴い男の妻を我が物とした。その男が開けなかった女の心と身体を、カラフが余すところなくあばき出すことに成功した。

 その優越感たるや、肉の悦びに勝るとも劣らない。


 よこしまな思いに耽っていたカラフは、王妃が鼻をすする音で我に返った。彼女は静かに泣いていた。頬に幾筋もの涙が伝っている。


「王妃様?」


 恐る恐る呼び掛けると、王妃は落ち着いた声で答える。


「大丈夫。ただ、あまりに嬉しくて……。カラフ、どうかこのままキスをしてください」


「……おおせのままに」


 カラフは王妃の身体に覆い被さると、今までで一番優しい口づけを落とした。

 柔らかいくちびるの感触を堪能しながら、たっぷり汗をかいたことによる不快感と、口渇感を覚えていた。それでも、王妃が満足するまで、口づけをやめなかった。


 やがて王妃が、そっとカラフの胸板を押す。


「ありがとうカラフ。これで明日から、『王妃』として生きてゆけます」

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