5-7
『主幹! 変な男……いえ、イイ男が一人入り込みましたっ!』
『ブリッジ、応答願います! 燕尾服を着た男が――えっ、そんなこと言われたの初めて♡』
『クローゼ主幹! イケメンです! イケメンの襲撃です!』
度重なる報告に、クローゼは頭を抱えていた。
「い、意味がわからん……」
船はようやく離陸できたが、襲撃者はまだ内部にいるようだ。状況がつかめず、どう指示を出すべきか判断しかねる。あのイクリプスの部隊員を撃破しているのは確かなようだが、一体何者なんだ。
するとその時、ブリッジ入り口の扉の向こうで銃声がした。クローゼとヴァレリーは立ち上がって振り返り、その瞬間に銃声が止んで、誰かが倒れる音がする。
直後、入り口の自動扉が横へスライドした。
「やはりここにおられましたか」
入ってきたのは、白銀のシルクハットに燕尾服を纏った男だった。ステッキを携えた彼の佇まいは紳士然としていたが、どこか危険な香りも漂っている。
「彼らは返していただきましたよ」
「彼ら……ってまさか」
「誘拐など、美しくはないですよ。それにシャドーエメラルドの盗み方も零点です。派手なだけで華麗でない」
この男、こちらがシャドーエメラルドを盗んだことを知っている。ということは、まさか。
「……お前、あの腰抜けか!?」
「語るに及ばず。もう一つのお宝も、返していただきたく参上いたしました」
「は! お前なんかに渡すもんか! ヴァレリー!」
「はい」
答えて、彼女はスーツを掴んで脱ぎ去った。下に着ていたのはイクリプスの戦闘服。ナイフを携え、彼女は相手を睨み据えた。
「シャドーエメラルドは渡しません」
すると男は、シルクハットのつばをつまんで、口を開いた。
「一つ教えてください。貴女も他の部隊員も、なぜそこまで組織に尽くすのですか。組織は貴女方に薬を打ち込み、物のように扱っているというのに」
視線を向けられたヴァレリーは、しかしたじろぐことなく相手を見つめ返す。
「私たちが、元は物以下の人間だからですよ」
「…………」
「私も、イクリプスの女性も、社会の隅で生きることすらままならなかった女性たちです。ヴェスパー社はそんな私たちに居場所を作ってくれました。ここが私の居場所です」
ヴァレリーが駆けた。そのままナイフを閃かせる。だが相手はそれをステッキで受け止めると、言った。
「残念です」
「は?」
「私がもっと早くあなたと出会っていたなら、その美しい瞳から零れる宝石を、悲しみと共に盗んで差し上げられたのに」
(こいつそういうことか……!)
あまりの馬鹿馬鹿しさにクローゼは眉をひそめる。この男、あろうことかイクリプスの面々を口説き落としていたのだ。確かに戦闘員として生きてきた彼女らに男性への耐性はそうないだろう。
だが。
「はっ! そんな手はその女には通用しないぞ!」
クローゼは勝利を確信した笑みで声を張り上げる。
「そいつは超が付くほどの堅物だ! 社内にもこいつを口説こうとする男はいない! やっちまえヴァレリー!」
しかしよく見れば、ヴァレリーは彼から顔を逸らしていた。しかもその顔は湯気が出ていそうなほど真っ赤だった。
「……なにを、言うのですか」
「ヴァレりん!?」
そしてついに彼女は刃を完全に引いてしまった。
「主幹……彼とは少し、そうです商談を」
「何言ってんだおいこら!」
「私にも……春が来たのかもしれません」
そこでふらりと、ヴァレリーが倒れた。どうやらのぼせたらしい。
「だああああああああっ!」
クローゼは頭をかきむしって、地団太を踏みまくった。
「ああもう馬鹿か!? こいつらこんな馬鹿だったか!? あたしがおかしいのか!?」
「言葉遣いが美しくないですよ」
「やかましいわ! この変人が! あたしはそんな手に乗らねぇからな!」
クローゼは懐からシャドーエメラルドとオートマチックを取り出した。銃口をシャドーエメラルドに突きつける。
「いいか取引だ! あのサーカスの連中は返してやる。その代わりこれはあたしのだ! 変な動きしたらこれぶっ壊すからな!」
あいつらはこの宝石の効果を知らなかった。つまりこれを国宝として欲しがっていたのだ。こちらにとってはこれが破片になろうと問題ないが、奴らにとってこれを破壊されるのは痛手なはずだ。
「さぁわかったら武器を捨てて両手を挙げろ。そのままここを出ていけ! 二度と戻ってくんな!」
これ以上関わり合いになりたくなくて、クローゼは叫ぶ。
「やれやれ」
白銀男は肩をすくめると、ステッキをその場に捨てて両手を挙げた。取引が成立したと、クローゼは安堵する。
「よし、そのまま下がって――」
だがそこで男が鋭く告げた。
「シエル!」
瞬間、男の右手の袖から何かが飛び出した。さらに彼の背後の通路から灰色の髪が躍り出して、男の袖口の何かをひったくる。
予想外の挙動にクローゼは反応が遅れた。灰色の髪の少女が構えていたのは、小口径の拳銃。
少女は迷うことなく発砲した。
「ぐぅっ!」
オートマチックをはじかれ、クローゼは呻く。シャドーエメラルドも放り出し、後じさる。
「くそ……お前……」
「えへへ。いただき」
灰色の髪の少女は素早くシャドーエメラルドを回収。その間に、ステッキを拾った白銀の男がその先端を向けていた。
「これにて、フィナーレ」
脳天に衝撃が走り、クローゼの意識は途切れた。
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