5-6

 サジタリウスの外で警戒を行っていたイクリプスの面々はそれを目撃した。

 夜空の奥から大量の白煙を噴き上げて驀進してくる一隻の飛空船。気嚢の上に煙突がある奇妙な飛空船はあり得ないほどの高速で向かって来ていた。飛空船は高度を落としながら一気にサジタリウスの上空へ。さらに下部のゴンドラから、謎の人影が飛び出した。



『片目の! 上は押さえるが急いでくれよ! ここまで相当急いだんだ。燃料もそう長くはもたねぇからな!』


 ステッキ上部のガラス玉が明滅してガストンの声を伝達する。上空で旋回するハーレクインは黒い飛空船の直上に来ると高度を落とし、後部の噴進機を上向きに展開。黒い飛空船を上から強引に押さえつけた。


「大丈夫だ。それまでにあいつらは必ず連れ戻す! それまで踏ん張ってくれ!」


 落下しながら、ライルはステッキを空にかざした。蒸気が噴き出してステッキの上半分が十字に展開し、プロペラのように広がる。回転するブレードが落下速度を緩め、ライルはそのまま、真下にあった単独注式の構内照明の上に華麗に着地した。ステッキを元に戻して首を巡らせると、眼下にはマシンカービンを構えた黒部隊が展開していた。


「何者だ!? お前は!?」


 黒部隊の誰かが告げる。女性の声に、ライルは一瞬怯みかけるが、次の瞬間には不敵に微笑んだ。


「わたくしめは泥棒。名をランスロット。貴女方が盗んだお宝、返していただきますよ」

「わけのわからないことを!」


 マシンカービンが一斉に火を噴いた。

 ライルはその場から飛び降りて、白銀の燕尾服を翻す。走って銃弾を躱しながらステッキの底部を相手に向けて、柄にあるボタンを押し込む。

 瞬間、蒸気が噴き出して、先端からゴム弾が飛び出だした。弾は戦闘員のこめかみにヒットして彼女を沈黙させる。集中砲火が来るが、今度はステッキを再度プロペラ状にして前に構える。高速回転する超硬合金のプロペラが銃弾を全て弾き返した。


「さぁ、ショウタイムです」


 ライルは華麗にステップを踏みながら、戦闘員らにゴム弾を的確に撃ち込んでゆく。一対多の立ち回りはライルにとってはお手の物だ。これより多くのフェルゼン市警を相手した経験もある。身体能力の差を圧倒的な経験で埋め、ライルは敵を沈黙させてゆく。

 深夜であるため、ドックに人影は少なかった。黒部隊以外には非戦闘員の作業員くらいしかおらず、自陣故か黒部隊の警備も緩い。突破は強引だが、これだけ騒ぎを起こせば離陸はいくらか遅れるだろうし、そこにはシエルたちを救い出す隙が生まれるはずだ。

 見える最後の戦闘員にゴム弾を打ち込んで、ライルは即座に黒い飛空船へと向かう。しかしゴンドラの入り口に差し掛かった時、接続されたタラップの先にマシンカービンを構えた戦闘員が二人顔を出した。


「ここは通すものか!」

(くぅっ! 女、女だ! けど止まるな! 足を止めるな!)


 ライルはタラップの手すりに飛びあがると、そのまま駆け上がって二人に突進した。銃弾をものともしない突撃に相手が怯み、その隙にマシンカービンを横からまとめて蹴り飛ばす。相手はすぐ腰のナイフに手をかけようとしたが、ライルは即座に次の手に出た。両手の人差し指を彼女らの唇にあてると、ランスロット最大の武器がさく裂する!


「美しい貴女方に、武器は似合いませんよ」


 さらに微笑を浮かべてウインク。


「通していただけませんか。マイレディ」

「「はい……♡」」


 二人はふらりと道を開けた。


「一つお聞きしたい。捕らえられた不思議な髪色の者たちはどこにいますか?」

「せ、船尾の独房に……」

「ありがとう」


 最後に投げキッスなどしてやれば、二人は顔を紅潮させてその場で倒れた。

 まんまと船内に入り込んだライルは船尾に向かって突き進む。中には当然黒部隊が展開していたが、ライルはステッキを使い、時に口説き落とし、女性キラーランスロットとしての力を最大限に発揮して突破する。

 ほどなくしてライルは独房らしき区画に到着した。入り口にいた警備の二人には素早くゴム弾をおみまいして打ち倒す。通路の左右にある独房は、ずらりと十部屋ほどが並んでいた。

 ドアには当然鍵がかかっているのだろうし、鍵はクローゼが持っていたりするのだろう。だが並ぶ扉につけられた鍵は、ごく普通のシリンダー錠。ライルはにやりとして懐から針金を取り出した。


「面倒臭ぇ。片っ端から開けてやるか」



 五つ目の扉を開けると、中にはうつろな目のユアンがいて。


「なにぼーっとしてんだ。早く出て来いよ」

「その声……まさかライル君!?」


 ウインクだけ返して、ライルはすぐ隣の扉へ。中にいたのはベルティナ。何度も扉を叩き開けようとしたのか、彼女の手は少し赤くなっていた。


「遅くなった。ベルテ」


 声を聞いて、沈んでいたベルティナの瞳が見開かれる。


「ライル様……? 無事だったんですの……?」

「ああ。立てるか?」

「はいですの!」


 それを見届けてさらに隣。中にはミア。


「無事か、ミア」

「ライル……?」

「さぁ、帰ろうぜ」

「……うん」


 ミアが立ち上がり、ライルは次の扉へ向かう。もう中にいることはわかっていた。素早くピッキングして開けると、そこにはシエルがいた。


「シエル!」


 呼ばれて一瞬きょとんとして、しかしこちらの姿を認めると、彼は飛びついてきた。


「ライルっ!」


 笑顔で泣きじゃくるシエルを受け止めて、ライルは彼の頭を撫でてやる。


「生きてた! 生きてた! ライル! 生きてたぁっ!」

「おう、お前はなんともないか?」

「うん!」


 しかしそこで彼ははたと気づいたように顔を離す。


「でもライル、どうやって……それにその格好……」


 そこでライルは振り返る。

 独房のドアのところにはユアンたちの姿があった。ライルは躊躇わずに告げる。


「ずっと隠してて悪かったな。俺は、怪盗ランスロット。って言っても、三年前から活動してねーから、お前らはあんまり知らないよな」


 ユアンたちはしばらくぽかんとしていたが、


「いや、名前や噂は知ってるよ。でもそうか、そういうことか」

「ライル様がランスロット……そんな素敵な裏の顔を……」

「盗みのプロってことね。いろいろ納得。……シエルは、知ってたの?」

「まぁ、ね。……ごめんね。黙ってて」


 シエルは多少歯切れが悪かったが、三人は気にしないとばかりに微笑を返す。

 と、その時、船が大きく揺れた。持っていたステッキから通信が入る。


『おい片目の! 黒船が離陸し始めやがった! 押さえつけるのも限界だ! 早く出てこい!』

「すぐ脱出させる! ドックにシエルたちが見えたら拾ってやってくれ! 外はもう安全なはずだ!」

『わかった!』


 通信を切って、ライルはシエルと共に通路に出て、ユアンたちに向き直る。


「全員この船から逃げろ。船の構造は単純だ。ここを出て窓のある廊下を船首に向かって進めば出口がある。黒部隊も、もうほとんど残ってないはずだ。外に出たらガストンが操縦する飛空船がある。それに乗り込め」

「ライルはどうするの?」


 と、シエル。

 ライルは静かに頷いて、


「俺にはまだやることがある」

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