4-3

 アタッシュケースを手に、クローゼはすぐ金庫室を後にした。シャドーエメラルドを手に入れた以上、こんなカジノにもはや長居は無用。騒ぎを聞きつけたミネラ市警が来る前にさっさと撤退だ。もっとも、マフィアの本拠地に対して警察が軽率に踏み込んでくるとも思えないが。

 クローゼ率いる隊は来た道を戻り、正面の庭園に出る。攻撃は最大の防御。客の姿はおろか、反撃してくる黒服ももはやいなかった。着陸したサジタリウスの周辺にはイクリプス四番隊のみが展開していて、それを満足げに見据えながらクローゼは足を進める。


「いいねぇこういうの。近衛兵従えた女王様みたいでさ」

「魔王、の間違いでは?」


 と、ヴァレリー。


「そんなに怖いかなぁ?」


 クローゼはからから笑いつつ、無線機を取り出して回線を開く。


「こちらクローゼ。目的は達した。グラン・ミネラ内の各部隊は順次撤退を――」


 だがその時、背後から声が響いた。


「レディースアンドジェントルメン!」


 訝って、クローゼらは足を止めて振り返る。


「――っと、失礼。ここにはもうレディしかいらっしゃらないのでしたね」


 声を辿って顎を上げる。するとグラン・ミネラ正面ロビーの上空――ファサードに突き出した庇の上に小柄な人物が立っていた。空色のドレスに燕尾のコートを纏い、顔にドミノマスクを装着したその人物は、長い灰色の髪を風の自由にさせて両手を広げている。声と背格好からして少女なのだろうが。


「なんだあいつ……?」


 すると少女はこちらに向き直り、恭しく頭を下げた。


「お初にお目にかかります。マイレディ」

「……誰だお前!」

「名乗るほどの者ではございません。我らはしがないサーカス団ゆえ。ですがご心配なく。公演に抜かりはありません」

「はぁ?」

「ショウは間もなく開幕です。さらに今宵、お姉さま方には、エキストラとしてショウに参加していただきます。どうぞお楽しみに!」

「……馬鹿馬鹿しい」


 クローゼはさっさと踵を返す。

 急に出てきて何かと思えば。付き合うだけ時間の無駄だ。

 だが少女はやけに芝居がかった声で大仰に続けた。


「ああ、そんなにお急ぎですか。悲しいものですね……舞台一幕楽しむ余裕が無いとは」


 ……無視だ無視。


「ですがまぁ、仕方ないですかね。年取ると夜更かしきつくなるって言いますし」

「…………」

「おやおや。よく見ればお肌もずいぶん荒れてるじゃないですか。これじゃ夜更かししたくないのもわかります。特にその真ん中のスーツの人」

「お前喧嘩売りに来たのかぁっ!」


 拳を握ってクローゼは勢いよく振り返る。人が最近気にしていることを、よくもまぁずけずけと。見れば彼女はどこから取り出したのか、オペラグラスを構えていた。


「あ、やっぱり舞台が気になりますか?」

「なるかボケぇッ!」

「では、すぐ始めますね」

「人の話を聞けぇっ!」


 クローゼは全力でツッコんだが、当の少女はお構いなしに告げた。


「さぁ開幕です! 今日の演目は、お城から宝石を奪った魔王に、謎のサーカス団が立ち向かい、宝石を奪い返すお話。アクターたちの妙技は星の瞬き。どうぞお見逃しなく」

「……は?」


 告げて少女はどこに持っていたのか、手の中に大量の何か――ボールのようなもの取り出すと、それをばらまいた。


「イッツ・ショウタイム!」


 瞬間、猛烈な白煙がクローゼたちの周囲で爆発した。

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