3-10
「……よし。だいたいこんなもんか」
潜入開始からおよそ一時間が経って。中央ホールにある全ての監視映像機の機種と位置を把握し終えたライルは、満足げにつぶやいた。
今この場にはライル一人。この一時間、ライルとシエルはそれぞれ別行動で情報収集にあたっており、この後合流して情報共有する予定になっていた。
(んじゃ、一旦戻るか)
ライルは万が一にも女性客とぶつかったりしないよう細心の注意を払いながら、ホール内の合流ポイント――ホールの隅にある、バルコニーを支える柱の一つへと足を進める。
今そこで黒服を食らっているのだろう、肉食系男子の姿を想像しながら。
「え! それでどうなったの?」
少し大げさに驚いてやると、相手は嬉々として語り出す、
「真っ暗ン中で、銃構えてな。――下衆の匂いは消えねぇな。っとこうだ」
「ああんもう、お兄さんカッコいいー」
ここは王道に攻める。軽くボディタッチも忘れない。相手はすぐにやけだした。
「だははー。あ、そんでさ。後から聞いたらその強盗、電力会社の人間と共謀してたんだってよ。びっくりしたぜ」
「あの手この手だねー。でもこれだけ大きいカジノを落とそうと思ったらそれくらいしないとダメかも」
「まぁな。で、そんなことがあったもんだからボスもようやく重い腰上げて、自家発電機入れることにしたわけよ」
ここだ。
「へぇ。……その発電機ってどこにあるの?」
「ん? ここの地下だ。ちょうどこの中央ホールの真下に……あ、これここだけの話な?」
「もー。わかってるよー。二人だけの秘密ね?」
「でっへへ。……あ、そうだ、もう一個面白いこと教えてやるよ」
「えー、なになに?」
(……よーやるな)
さりげなく柱の裏側に身を寄せたライルは、柱に背中を預けて苦笑した。悲しい男の性を再認識させられている。そんな気分で。
(黒服に魔法をかける、ね)
別れ際にシエルが言っていた言葉の意味を、ライルは改めて理解する。
「実はここの金庫、システムが複雑なせいで結構エラー吐くんだよ。その辺の対処も俺たちの仕事でさぁ」
「えー大変。お兄さんも苦労してるんだぁ」
「もぅ、わかってくれるのプリュイちゃんくらいだよ。しかもそのシステムってのが……」
彼の
しばらくして、黒服が仕事に戻る旨を告げた。
「もう行っちゃうの?」
「これから正面ロビーの方に配置換えなんだ。悪いな」
「……ううん。暇つぶしに付き合ってくれてありがと」
「礼なんてよしてくれ。俺も楽しかった。でも君みたいないい子を放っておくなんて、彼氏も酷い奴だな」
「そう思うのは、お兄さんが優しい人だからだね?」
「へっへへ。……それじゃな」
「うん」
その後黒服が完全に遠ざかったのを見計らって、ライルは柱の向こうに声を投げた。
「誰が酷い彼氏だ」
「あはは。相手を落とすテクニックだよ。男ってのは、傷ついた女の子には優しくしたくなるものなのです」
「そういうのホント上手いな」
「男心はわかっちゃうんだよね」
「男だもんな」
ライルは苦笑気味にツッコむ。
「それで、そっちは上手くいった?」
「映像機は把握した。お前は?」
「五人落とした。情報たっぷり。主にカジノの構造と、金庫についてを少々」
「上出来だ」
「まだ続けるつもりだけど、聞いておいてほしい情報とかある?」
「そうだな……建築図面なんかの在処が掴めると嬉しい」
「オッケイ」
だがその直後、シエルは低く鋭く声を飛ばしてきた。
「ライル」
「ん?」
「中央階段の先、バルコニー」
ライルは柱から顔を覗かせ、言われた先に視線を向ける。するとそこには、数名の黒服を従えた男が満足げな表情でホールを睥睨していた。横に広い矮躯をダブルの白スーツに詰め込んだ彫の深い強面。尖った禿頭と顔の傷はいかにもそれらしい。
「……キース・ドラモンド」
前情報の写真そのままの男の名を、ライルは静かに呼ぶ。
あの男がシャドーエメラルドを買い、保有している。かの宝石の歴史と神秘を楽しむでもなく、ただ売って己の利益に変えるために。しかもそれは最終的に、麻薬や銃弾にも変わるのだろう。しかも彼は一昨日の『春の踊り』含め、今までも多数のシュタルニア国宝を扱ってきたであろう人間である。
ライルの中で怪盗ランスロットの血が、ざわついた。
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