3-9

 潜入、とは言うが、基本的には真正面から入る。

 用意した偽造身分証を使ってではあるが、受付で正式にメンバーズカードを作成し、黒服の立つ磁気チェック付きのゲートも堂々と抜ける。もちろん武器の類も持ち込まない。

 通信用のドミノマスクも、特注のフォンだと言えば、何の問題もなくパスできた。シエルやユアン、ミアの髪色もあえて隠さなかったが、奇抜な髪色で飾った人間は他にもいて、かつらなどで隠すよりも、かえって自然だった。



(なるほど。下手な小細工をしないってのも、重要なんだね)


 グラン・ミネラの東口からカジノホールに入ったユアンは、胸中でつぶやいた。床に敷かれた毛足の短い絨毯を踏みしめながら、スーツのジャケットを軽く直す。隣にはタイトなデザインの赤いパーティードレスを纏ったミアの姿。

 ホールは、巨大なシャンデリアがいくつも吊られた広大なものだった。アーチを多用した構造で二階部分までが吹き抜けになっていて、一部バルコニーもある。天井の廻り縁には精美な彫刻が施され、壁には額装された絵画も飾られていた。まさに外観に引けを取らない贅を尽くした内装だったが、それでいて色調は抑えめで空間演出は高貴。ホールの隅にはバーカウンターまであり、中ではバーマンがシェーカーを振っていた。

 しかし何より目を引くのは、大量にあるスロットマシンやゲームテーブルだ。ルーレット、バカラ、ポーカー、クラップス。客はそれぞれお気に入りのゲームにベットし、ディーラーの前で一喜一憂している。その喧騒は静かに流れるジャズバラードと重なって、騒がしくも静謐な、独特の雰囲気を作り出していた。

 ちなみにこのホールは東館で、ライルたちの入る中央ホールとは構造的には独立している。内部でライルたちとの合流は考えず、独自に動く手はずだ。


(けどこれは骨が折れるぞ)


 中央ホールより小さいとはいえ、それでも広いし客も多い。当然警備の黒服の数も多く、怪しまれないようにするには工夫が必要だった。天井では監視映像機も目を光らせていて、隠されたものを含めれば、ホール全体をカバーできるようになっているだろう。

 しかも一口に情報収集と言っても、ライルからの指示は多い。黒服の装備や人数、監視映像機の数などはさることながら、ゲームの種類やホールで出している飲食物、客層、小物や調度品の位置、果てはディーラーの癖まで挙げればキリがない。

 ユアンはため息がちにミアを見る。


「さーて、どこから手を付けようか」

「まずは、簡単なところから行くべき。黒服の人数とか、ゲームの種類とか。見てすぐわかるものを先に。その中で気付いたことを少しずつ集めていく」


 淡々と、しかし積極的に話すミアを見て、ユアンは少し驚く。


「ずいぶんやる気だね」

「次の〈公演〉に、必要なんでしょ?」

「それはそうだけど……珍しいなと思って」


 赤い瞳が、ユアンを映す。


「私、いつもそんなに無気力?」

「あ、いや、そんなつもりで言ったんじゃなくてね」


 そう訂正すると、ミアは視線を外してわずかに顎を上げた。

 ぽつりと、告げる。


「また、やりたいの」


 彼女はさらに続けて、


「この前の〈公演〉。今までよりずっと楽しかったから」

(あ。そういうこと)


 ユアンは微笑を浮かべてミアの横顔を見つめる。

 どうやら、心変わりはベルテだけではないということらしい。彼女も、彼に魅了された一人なのだ。ユアンは両手をポケットに入れて、軽く鼻から息を抜く。


「十日前くらいだっけね。シエルから彼のこと聞いたのは」

「うん」


 その時は、ミアもベルテも懐疑的だった。自分はあくまで中立でいようとしたけれど、不信がなかったかと言えば嘘になる。いくらシエルの言葉でも。


「正直びっくりしたな。あの時は。〈ワン・コール〉まで使ったって言うし」

「でも今なら、その理由も、わかる」

「そうだね」


 たった一度の盗みで、こうも人を惹きつける。もちろん自分も、あの〈公演〉後からより彼に好感を抱くようになっている。シエルはそれを見抜いていたのか。あるいはシエルもその魅力に取りつかれた一人なのかもしれない。彼と一緒にいるときのシエルは、とても楽しそうで。


「何者なんだろうねぇ。彼」


 ただの古美術商、小説書きには思えないのだが。


「変人」

「ぶはっ!」


 急にぼそりと呟かれたミアの言葉に、ユアンは思わず噴き出した。


「私、変なこと言った?」

「いや、どストレートすぎてちょっとツボった。うん。変だよね彼」

「そう。とっても変」


 あまり見せない、ミアの小さな笑顔。ユアンはそれに笑顔で返して、告げた。


「じゃ、変な彼の期待に応えるためにも、頑張ろうか」

「うん」

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