3-7

 明け方、東方の空にそれは見えた。

 わずかに白んだ空に、黒い点が一つ。徐々に、大きくなってくる。


「ったくやっとだよ。あれから二日とか、どんだけ決定遅いんだっての」


 武骨で広大な船渠の一角。空から近づく黒点に目を向けてクローゼは毒づく。ソバージュの黒髪と、咥え煙草の紫煙を吹き付ける海風に踊らせて。その隣には、ヴァレリーの姿。


「わが社の欠点ですね。東方全般の風潮とも言えますが」

「ダメだね。上のオッサンどもは」


 クローゼは煙草をかみつぶすようにして、顔の右側だけをしかめる。相手を下に見た時の、それは悪い癖だった。


「ヴァレりん。連中着いたらミーティングね」

「はい。すでにセッティングはできています。……攻撃は予定通り夜間に?」

「そーだね。一番盛況して、警備も厳重な時にやってやろうじゃん。それに夜じゃないとあいつカジノにいないだろうし、面倒くさくなる」

「承知しました」

「けどやっぱ最初っからこうすりゃよかったよ。そもそも西方の田舎マフィアに義理立てしたってどうしようもないんだよね」

「……西方進出の足掛かりという側面もありましたが。それに貴女が言い始めたんですよ。今回は、スマートに行こうと」

「ったくやるもんじゃないよね。キャラじゃないことはさ」


 言いながら、首から提げていた社員証を取り去る。


「暴れ馬のクローゼ。復活ですか」

「ヴァレりんも、その方がいいでしょ?」

「ええ。そうですね」


 ヴァレリーは、風にさらわれる後れ毛を手で押し止める。


「ところで主幹。絵を奪った者たちの捜索は行っていませんが、本当によろしいのですか?」


 クローゼは、鼻を鳴らして、


「今さら追いかけてどうなる? 掴まえて牢屋にぶち込む? 拷問? モルモットに使う?」

「利益が薄い、と」

「そういうこと。コストに見合わない。あの田舎臭い絵を回収したところで、はした金」


 さらに煙草の煙を一度深く肺に収めて、吐き出す。


「それにとにかく今はシャドーエメラルドが最優先。他の組織があれの力に気づく前に、何としても手に入れる。……頼りにしてるよ。隊長殿」

「恐縮です」


 二人が空を仰ぐと、黒点はかなり大きくなっていた。その形状が、肉眼でも確認できる。

 漆黒の船体と、下部に大型のゴンドラ。それは明らかに飛空船だった。

 しかしリブラと違うのは、ゴンドラの周囲に突き出した巨大な砲塔。両舷には主翼が伸び、そこには多数のプロペラと共に、下部に複数の爆装が見える。

 ヴェスパー・ケミカルインダストリーが密かに所有する最新鋭の攻撃飛空船、サジタリウス。

 禍々しくも強者の風格漂わせ、それは飛来する。

 明けの空、明星ヴェスパーの輝きを背負いながら。

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