3-5

「……ほぅ。下見か」


 警察省にある自身の執務室。開け放たれた窓の前で一切れのメモを手にして、ベイドリックはつぶやいた。

 既に日は高く、窓辺に注ぐ陽光は、暗い木材の壁と無機質な書類棚で囲われた息の詰まるこの部屋に小さなオアシスを作り出している。吹き込む凪いだ風は、そばの大型のデスクの上に積まれた大量の書類を撫で、それほど広くもない部屋の壁にぶつかっては消えてゆく。

 ベイドリックは、アルカンサーカスからの一連の連絡事項が書かれたメモを背広のポケットしまった。そして今この部屋にいる唯一の来客――窓枠で妙に首筋を伸ばしてじっとしている小さなカラスに目を向ける。


「その下見には、お前も行くのか?」

「くぅ?」

「さすがに留守番か」

「くぅぅ……」


 しゅんとするように、エリザベートは首を縮める。

 彼女と話すのも、もはや日課になってしまった。こちらの言葉をどこまで理解しているのかは不明だが、反応が返ってくるのは面白くもあった。本当に、良く手懐けてあるものである。

 ベイドリックは懐からありふれた見た目のメモ帳を取り出すと、デスクに放り出されていた万年筆を手に取った。


「……それにしても、昨日はずいぶん派手にやったものだな」


 カラスに向けた独り言として、ベイドリックはつぶやく。メモに淀みなくペンを滑らせ、下見を許可する旨を綴る。


「橋の修理、市民への説明、メディアへの規制。市警と各省は今日も大わらわだ。あの騒ぎで死者が出ていないのはさすがだが。……市警では、怪盗ランスロットの再来――そんな噂まで流れているらしい」


 反応がないのでちらりと窓を見ると、エリザベートは興味なさそうに翼をくちばしでつくろっていた。苦笑してペンを置いてメモ用紙をちぎる。それを指先で細く丸めながら窓辺に寄る。


「まぁ、こちらの仕事が増えるのは喜んでばかりもいられないがね。しかしこれで、ライル・カートライトの引き入れには納得せざるを得なくなった。あの時使われた〈ワン・コール〉――彼の審美眼、判断は間違っていなかったということだ」

「くぅぅ」


 だがそこで、ベイドリックは自嘲気味に笑った。


「……むしろ判断を間違えたのは公安部か。彼はやはり、優秀だった」

「くあ?」


 しかしベイドリックはそれ以上何も言わず、丸めたメモをエリザベートに託した。

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