2-12
その頃。ライルとシエルはエレベーターを使って悠々と一階に降り、混乱のどさくさに紛れて、橋に残された空色の蒸気式キャリッジ『ジェスター』乗り込んでいた。アクセル全開で橋の東口へ向かって突っ走る。
「しっかしお前ら、ホント面白い力持ってるよな」
「そうだね。ユアンなんか特にさ」
助手席のシエルが答える。
アルカンサーカスのアクターたちは、捕えられていた施設で後天的に特殊な能力を付与された強化人間だ。ミアは超人的な体幹と瞬発力を持ち、ベルティナは圧倒的なパワーを有している。またユアンは自身の喉から、対象の三半規管をマヒさせ、さらに催眠効果もある超音波を発生させることができる。ただ彼の場合、使いすぎると音波で喉が焼き切れるうえ、自身の三半規管までマヒしてしまうので連続使用はできないが。
そしてベイパーアームズは、それらの力を増強、補助するために作られたものである。ちなみに彼らの髪や瞳の色が独特なのもその人体実験のせいで、髪などは薬でも染まらないのだという。平時にサーカスを装うのは、そうした特徴をカモフラージュする意味もあるようだ。
「でも人体改造なんざ、現実にあるんだな。パルプマガジンの中だけの話かと思ってたよ」
「……そうだね」
実はシュタルニア公安部は、その施設を運営する組織を突き止めるために、諜報員を潜入させたらしい。ただその諜報員は、発見した彼らを独断で救出してしまったのだという。その後施設は即座にもぬけの殻になり詳細不明。諜報員は責任を取って辞任したそうだ。
「んで、クラウン。お前の能力、そろそろ教えてくれてもいいんじゃねーか?」
「だから言ってるじゃん。魔法だよ」
「信じると思うか?」
「ご自由に?」
こんな調子で、彼の特殊能力は未だ不明である。しかし彼の手品などは確かに魔法じみている部分があるし、こちらの正体を知っていたこともある。妙に納得しかける自分がいるのも事実だった。しかもベイドリックや他のアクターたちも、彼の主張を認めているようなのである。
(まぁ、別に支障はないしいいか……)
魔法という言葉の裏に何があるのかは知らないが、事実シエルは非常に優秀な戦闘能力を持っている。今のところそれで十分なのだから、追及することもないかとライルは思い直す。
その時ちょうど、シエルのマスクに通信が入った。
『こちらハンドラー。アクロバットとパペッターとも合流。このまま引き上げるよ』
漏れ聞こえる声に、ライルはそのまま応答する。
「了解。絵の方はどうだ?」
『サインの上に、三センチくらいのひっかき傷。ちゃんとありますの!』
「オーケイ。そいつは作者が付けた傷なんだ。おそらく本物だろう。ケースがあれば捨てろ」
『合流地点、変更は?』
「なしだ。――全て順調、フィナーレ」
ジェスターは蒸気エンジンを唸らせて橋を抜け、再度東口のゲートを突破する。さらに街路の渋滞を縫うように駆け抜けて、その行方をくらませた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます