2-11
前方上甲板の警備兵らからの銃撃。だがミアは臆することなく蒸気式加速ブーツ〈ハチャトゥリアン〉を唸らせ、空中でベルティナをキャッチして加速。船首付近まですっ飛んで、船の荷役装置裏に着地した。
「……重い」
「これのせいですの!」
ベルティナは両腕に装備した蒸気式機械腕〈ゼペット〉を示してがなる。
と同時、カトリーヌに警報が鳴り響いた。対応は早く、侵入者がいることもしっかりとアナウンスされていた。ミアは荷役装置の隙間から警備兵らを窺う。
現在甲板の警備兵はおよそ二十人。派手に飛び降りたので、多くの警備兵がこちらに集まってきているようだった。これで船橋外部を伝って船尾方向に降りたユアンは、比較的動きやすくなったはずである。
「ぴったり、彼の演出通りですの」
「あとは、倒すだけ」
ミアはシエルからもらった青いボールを取り出し、ベルティナをちらりと見る。
「
「わかってますの」
答えを受けて、ミアが飛び出した。ブーツで一気に加速して警備兵の一人に迫り、マシンカービンを蹴り上げる。さらにその勢いで顎も打ち据え、慣性を殺さず滑らかにバック転。着地と同時にブーツを唸らせ、今度は別の相手に一挙動で接近する。
「っなんだっ……! こいつ……!」
「私は、
ミアは加速したまま神速の回し蹴りを繰り出し、警備兵の腹筋を容赦なく蹴り抜いた。相手は大きく吹っ飛び川へ落下し、それを見た他の警備兵も驚愕と恐怖を顔に張り付ける。
ミアの動きは止まらない。白煙を噴き上げて上空へ退避したかと思うと、秒間十五発の弾丸の雨を、ブーツを使った立体機動で縦横に回避する。さらに途中、青いボールを投げつけて周囲に煙幕を発生させ、濃密な煙幕とスピードでかく乱して確実に敵を仕留めてゆく。
「くそっ、一旦引け! 距離を取れ!」
風で煙幕が晴れてきた頃、警備兵の誰かがそんな指示を飛ばす。
だが次の瞬間、指示した人間の四肢に、太いワイヤーが絡みついた。
「逃がしませんの」
絡んだワイヤーの先にはベルティナの姿があった。〈ゼペット〉の指先から伸びたワイヤーは、警備兵を強力に縫い留める。
「あなたもこっちですの」
片手で人間一人を拘束しながら、ベルティナは別の警備兵に左手の〈ゼペット〉を向ける。白煙を上げて第一関節が射出され、繋がるワイヤーは相手の四肢を縛る。
「お人形さん、完成ですの」
ベルティナは、そのまま力任せに二人を振り回した。ついでに他の警備兵にぶつけてまとめてぶっ飛ばし、とどめとばかりに絡めとった二人を甲板に叩きつける。
振り回された二人は白目をむいていて気絶していた。ベルティナは〈ゼペット〉を操作してワイヤーを引き戻すと、逃げる敵を見つけては縛り、川へと投げ落とす。右舷に出てきた護衛艇にはミアが飛び移り、乗組員をあっさり撃退して戻ってくる。
ミアとベルテは甲板で背中合わせに立って、残りの警備兵を見回した。
「なんだろ。すごく順調。結構気持ちいい」
「わかりますの」
二人は互いに弾かれるように動き、残りの警備兵らを仕留めてゆく。彼女らの大立ち回りに、警備兵らは着々と、その数を減らしつつあった。
別行動でカトリーヌに降り立ったユアンは、肩のエリザベートと共に、隠れ忍んで船尾を移動していた。船首の方からは途切れ途切れに銃声が聞こえているが、周囲に警備兵や船員の姿はない。大方、警備兵は船首に集められ、非戦闘員たる船員の多くは船内というところだろう。
そして今頃は、船首での戦闘報告に乗組員全員、焦っているはずである。
(しばらくは、そのまま中に籠っててよ)
護身術くらいは心得ているものの、自分はミアたちのような肉体労働派ではない。銃も得意ではないので、武器らしい武器も腰裏に折り畳み式の小さなナイフが一本忍ばせてあるだけだ。船員や警備兵との接触は避けたい。そこで、マスクに通信が入った。
『
「ありがとう、アクロバット」
いつもと変わらぬ端的なミアの報告に、優しく答える。
ユアンはカトリーヌの左舷へ。するとそこには、接舷するようにたゆたう一隻の護衛艇の姿があった。前方で騒ぎが起きているというのに、中の警備兵二人はじっと待機している。
(こっちが脱出用、ってわけね)
にやりとして、ベストの懐から機械的な見た目の口腔マスクを取り出した。意匠は肉食獣の口元を思わせるもので、名は〈カルロッタ〉。無論、ベイパーアームズである。ユアンはそれを装着すると、肩のエリザベートにウインクする。
「じゃあエリザベート、お願い」
「くあ」
エリザベートはひと鳴きして肩から飛び立つと、護衛艇に急降下。警備兵らを前にすると、二人を猛烈につつきだした。
「う、うわっ! なんだ……!」
すかさずユアンは護衛艇に飛び降りた。着地の衝撃を柔軟に受け流して、警備兵二人の顔を両手で素早くわしづかみにする。
「エリザベート、逃げてね」
告げて、ユアンは声帯を引き絞るようにしながら喉に呼気を通す。瞬間、〈カルロッタ〉が反応し白煙を上げながら中央部が展開した。〈カルロッタ〉は、さながら開口した獣のような見た目になり、耳鳴りのような音を伴った強烈な高周波が発生する。
指向性のついた音波が警備兵を直撃し、彼らは吐き気を堪えるように呻いて倒れた。さらにユアンは発声を止めると、彼らに言い聞かせるようなリズムで告げる。
「今すぐ武器解除。ヘルメットも服も脱ぐんだ。それから、川を泳いで岸まで渡れ」
すると直後、警備兵二人は呻くのをやめ、のろのろと起き上がりだした。倒れた際に取り落としたマシンカービンはそのままに、予備弾倉の入ったポーチや足に装備されたコンバットナイフを捨て始める。さらにヘルメットと防弾ジャケットも脱ぎ、躊躇なく衣服も脱ぎ始めた。
「あ、インナーはいいよ」
ユアンの指示通りインナー一枚となった彼らは、自ら川へ飛び込んだ。二人は無言でひたすら川を泳いで対岸へ向かってゆく。
「うん。こんなもんかな」
ユアンは彼らの脱いだ衣服やジャケットを服の上から着ると、ドミノマスクと〈カルロッタ〉を外してヘルメットを目深に被る。上空から戻ってきたエリザベートは運転席の下へ。
それからしばらくして、船の方から複数人の話し声が聞こえた。
「気をつけて運べ! ケースに入れているとはいえ、落とすなよ!」
「は、はい!」
「船長! ヴェスパー社の警備兵は全滅のようです!」
「連中のことはどうでもいい! 今は絵だ!」
(ライル君、ビンゴ)
ユアンはたまらずほくそ笑んだ。今朝の打ち合わせでの彼の言葉が蘇る。
――今の時代、たかだか絵を運ぶのに船舶輸送なんて使うのは、事故やトラブル発生時のリスクを警戒してのことだ。まぁ平たく言えば、万が一事故ったときに絵がなくなっちまうのを怖がってんだな。飛空船だと最悪墜落してパァ。陸路だとそもそも事故が多い。
さらに彼は、こう続けた。
――つまり、連中がとにかく怖いのは事故やトラブルなんだ。『春の踊り』は名画中の名画だし、慎重になるのも頷ける。そこで、今回はちょっとしたトラブルを演出してやる。そうすればこっちが探さずとも、勝手にビビって、どこぞの船室か金庫から持ち出してくれるはずだ。護衛のボートは脱出艇の意味もあるんだろう。そこで待てば、ドンピシャリだ。
「おい! 今から縄梯子で船員一人と絵を降ろす! サポートしろ!」
船上から声が降ってきた。壮年の男が船長帽を手で押さえ、こちらを覗き込んでいる。後ろには複数の船員の姿があって、うち一人は、額装され、アクリルケースに入れられた四十号ほどの大きさの絵画を抱えている。
ユアンは笑みを消すと、「了解」と適当に敬礼してみせた。
その後ユアンは降りてきた船員から絵を奪うと、彼を川へ蹴り落とした。
そして頭上で唖然としている船員らに手を振って、ボートを発進させた。
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