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 中型貨物船、『カトリーヌ』の船橋。前方上甲板を一望できる窓の前に、詰襟の制服と船長帽を身に着けた壮年の男が立っていた。船の進路を見守る彼の左右には、操舵士と航海士がそれぞれ座っていて、背後でも何名かの船員がコンソールの前で業務に従事している。

 ある時、一人の若い船員が背後から男に近づいた。


「ハーマン船長。間もなく、フェルゼン市内に入ります」


 報告に、ハーマンは半身で振り向く。


「わかった。――通信士、フェルゼンツインタワーブリッジ管制塔に打電。貨物船カトリーヌは予定通り、一二〇八の跳開に合わせて橋梁を通過する。以上だ」


 通信士が復唱するのを聞き届けながら、ハーマンは前方に視線を戻す。

 すると報告を上げた若い船員がわずかに距離を詰めて、小さく告げた。


「……船長。彼ら、信用できるのでしょうか」


 船員の視線は前方上甲板に注がれていた。

 今、甲板では黒いヘルメットと防弾ジャケットを身に着けた多数の歩兵が周囲を警戒していた。手には最新の短機関銃マシンカービン。さらにここからでは見えないが、船の左右にも彼らの乗る小型の原動機短艇モーターボートが一隻ずつ並走しているはずである。

 ハーマンは肩越しに船員を見やった。


「ボスが直々に用意してくださった警備兵を、信用できないというのか?」

「い、いえ、そんなことは。ただ所属が、この辺りではあまり聞かない企業だったもので」

「連中の本社は東方大陸にあるらしいからな。西方には支社も少ないと聞いている」

「ということは、小さな会社なのでしょうか」

「さあな。だがこの船に積まれるまで、『春の踊り』を警護してきたのは確かに彼らだ。しかも話によれば、入手したのも彼ららしい。信用はできると思うがな」

「……はい」

「わかったら仕事に戻れ。……『春の踊り』の管理は問題ないだろうな?」

「はい。異常はありません」

「あれはボスが前々からご所望だった品の一つだ。保管の不手際で損壊や喪失となったら、俺たちの首が飛ぶぞ。物理的にな」


 背後で船員が唾を飲み込むのを、ハーマンは気配で感じ取った。

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