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「よし、とりあえずはこんなもんか」


 早朝。荷造りを終えたライルは店の奥の自室で満足げに頷いた。ソファにはぱんぱんに膨らんだ大きなリュックが一つあって、部屋の日用品の多くは消えている。


「……しっかし、まさか共同生活になるとはなぁ……」


 部屋の窓の戸締りを確認しつつ、ぼやく。

 ライルがアルカンサーカスに協力を決めたのが、昨日の昼のこと。その後は改めて組織の説明を受けたり軽く施設内を案内してもらったりしたわけだが、その中で、今後は他のアクターたちと同じくアルカンサーカス内に住み込んでほしいと告げられた。さらにアルカンサーカスの秘匿性の問題から、店の方も一時休業してもらいたいとのことだった。


(ま、頻繁に出入りすんのは問題か)


 急なことではあったが、組織の方針と言われれば、従わないわけにもいかない。

 アクターを共同生活させる理由は、国が管理しやすいからというのと、アクター同士の信頼関係向上のためらしい。ただライルの場合は監視の意味もあるようだが。

 なおベイドリックはあくまで管理者の立場なので例外である。しかも顔が広く知られていることもあって、基本的にアルカンサーカスには顔を出さないのだとか。

 戸締りを終えたライルは、古びた窓枠を指先でなぞる。


「……別に廃業するわけじゃないけど、ちょっと寂しいな」


 怪盗を辞め、そこから一人で続けてきた店だ。それがこんな形で休業することになるとは思ってもみなかった。店の方は国が面倒を見てくれるらしいが、慣れ親しんだ場所を離れるのは少なからず感傷を呼んだ。ランスロットの隠れ家を離れたときは、どうだっただろう。


「いやいや、センチメンタルになってどうすんだ。今日は昼から仕事があるんだぞ」


 頭を振って、両手で頬を軽く叩く。

 ちなみに仕事とは当然、お宝の奪還である。入団して早々、ライルは翌日に行われる予定だった盗み〈公演〉計画演出を任されたのだった。

 ターゲットは、レーム川を北上するマフィアの貨物船。積まれているお宝は絵画で、それをフェルゼンに入ったタイミングで奪還するのが、今回の〈公演〉内容である。

 準備は、既にできている。

 公安部が集めた各種情報は昨日の段階で把握したし、アクターたちの能力や装備などについても説明を受けている。盗みの計画もそれをもとに練ったし、リュックの中身も、ほとんどは今日使う予定のものばかりだ。ランスロット時代に使っていた道具類もいくつか詰め込んだ。


「ま、一日じゃやれることも限られるが……やれるだけのことはやらないとな」


 ベイドリックもシエルも言わなかったが、今日の初仕事は試金石的な意味もあるはずだ。ここで失敗すれば今後の信用に関わる。しかもシエルに限って言えば、ランスロットのイメージにも傷をつけることになる。そんな美しくないことは絶対にしたくなかった。


「……それにしてもあいつ、どうやって俺の正体知ったんだろうなぁ……」


 話によれば、アクターたちが保護されたのは三年前。つまりちょうど、ランスロットが活動を辞めた時期と重なる。怪盗ランスロットの表面上の情報は後々集められるにしても、正体まで探れるものだろうか。しかもシエル一人で。ちなみに昨日こっそり聞いてみたが『魔法を使った』という返事しか返ってこなかった。


「……ま、考えても仕方ないか。バレてんのはあいつ一人。これ以上バレなきゃいいわけだし」


 ――とそこでふと思い出して、ライルは奥の戸棚から円筒形のハットボックスを取り出した。ふたを開けるとそこにあったのは、ジャケットやスラックスも含めたランスロットの衣装一式。もう使ってはいないが、当時ボロボロになったものを、繕って保管しておいたのだ。


「これも持ってくか」


 店を国が面倒見るということは、ここに政府の人間が立ち入ることがあるかもしれない。それなら持って行ってしまったほうがいい。

 ライルはそれをなんとかリュックに詰めると、リュックを背負った。そしてポケットから例のモノクルを取り出して装着し、収集した美術品たちにしばしの別れを告げて、店を後にした。

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