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 要は、こういうことらしい。

 国宝が盗まれ続けるという国の沽券にかかわる事態に業を煮やしたシュタルニアは、警察省公安部と連携して、密かにお宝奪還部隊、アルカンサーカスを設立した。

 アルカンサーカスは表向きは寂れたサーカス団。しかし裏では不当に盗み出されたシュタルニアの美術品を強引に盗み返すことを任務とする違法組織だ。ターゲットは国が直接管理していた美術品全てで、個人から国立美術館に寄託されていたものまで含まれる。

 また所属するメンバー――奪還の実働部隊は演者アクターと呼ばれ、個々の能力に対応したコードネームと、特殊な蒸気武器ベイパーアームズを与えられている。

 なおアクターたる彼らは三年ほど前、犯罪組織のものと思われる施設から公安部が救出した、元ストリートチルドレンの子供たちであるらしい。その後は公安部の保護施設で暮らしていたそうだが、一年前、彼らに適性を見いだした政府はアルカンサーカスへの入団を命じたという。

 そして今から半年前、アルカンサーカスの活動が本格的に開始されたのである。

 だが今現在、アルカンサーカスはひとつの問題を抱えていた。

 それは、盗みの技術が低いこと。

 彼らに盗みの経験などあるはずもなく、今までもまるで軍の作戦のようなやり口で、力任せに強引に盗んできたらしい。無論当初はそれも想定内だったわけだが、国宝級の美術品を取り返すとなると相手も物騒な連中が多くなる。追い詰められるような危ない局面もたびたび発生し、ベイドリックは一計を案じた。

 そこでシエルが盗みの演出家ディレクターとして目をつけ、推薦したのが、ライルということのようだった。



「我々には必要なんだ。盗みを組み立て、さらにそれを指揮できる人間が」


 ベイドリックは腰の後ろで手を組む。


「……いやあの、別に適当な泥棒とか、それこそ公安部の諜報員にでも教えてもらえばいいんじゃないですかね……」

「ダメだ。そこらのコソ泥では話にならない。それに諜報員の潜入とは根本的に質が違う。アルカンサーカスの盗みは美術品を不正に売買する相手への牽制の意味もある。つまり我々は正体を隠しつつも、派手に華麗に盗む必要があるのだ。かつて帝都を騒がせたあの怪盗のように」


 気まずく思ったライルは、ベイドリックから視線をずらす。


「それと本音を言えば、アクターもあと一人は欲しいと思っていたのだ。加えて鑑定士もいるとなおありがたい。諜報部でも美術品の情報と真偽は探るが、盗んだ美術品が本物かどうかをその場で見極められる人間がいてくれれば、盗みはより確実なものになる」

「いや、ちょっと待ってください。じゃあサーカスに入ったら、俺もアクターとして最前線に出るってことですか」

「その方が都合いいんだよね。実戦で教えてもらった方が身につくだろうし」


 とこれはシエル。


「あの、俺はただの古美術商ですよ」

「君は古美術商をやりつつ、趣味で小説を書いていると聞いている。それも怪盗が活躍する小説をね。それを偶然シエル君が読んで、君の豊富な知識と華麗な盗みの描写を絶賛したとか」


 そんなもの、書いていない。


「それに日々懸命に働いて、重い壺なども軽々扱って、体は鍛えられているそうじゃないか」


 昨日、足ふらついて大惨事になりましたけどね。


「しかも鑑定眼までついてくる」


 おまけみたいに言わんでください。


「どうも女性が苦手なようだが……ここにいるアクターたちはみな優しいし、フォローしてくれるだろう。男性もいる」


 さっき、そのアクターどもに殺されかけたんですが。


「というわけで、我々は君に協力を依頼したい。当然報酬も約束しよう。どうだね。引き受けてもらえないだろうか」

「帰ります」


 面倒な気配を察してライルは即答して踵を返す。が、その腕をベイドリックが掴んだ。二人の意志が拮抗する。


「放してくださいっ……誰にも、言いませんからっ……」

「いや、我々としても君は適任だと思うのだよ……ほらっ、何か欲しいものはないかっ?」

「モノで釣るって……アンタらに美学はないんですか……!」

「必要な時には必要なのだっ……さあッ、おじさんに言ってみなさいっ……!」

「アンタ、そんなキャラだったんですかっ……!」


 だがそこでライルは妙案を思いついた。強引にベイドリックを振りほどいて、向き直る。


「だったら一つ要求しましょう!」

「ほう、なんだね?」

「俺の女性恐怖症、治せるもんなら治してみてくださいよ! これが叶うなら盗みでもなんでも、協力してやりますよ!」


 どうだ。こんなもの治しようがあるまい。あのミスでこびりついたトラウマは、そう簡単には落ちてくれない。だが横から意外そうな声が飛んできた。


「そんなことでいいの?」


 言ったのは、シエル。


「いや、あの……お前、そんなことって言うけどさ……」

「ちょっと待ってて」


 言うが早いか、彼女はライルが入ってきた扉の反対側――舞台を挟んだホールの最奥にある幕の中へと駆けていく。


「ねー、ガストーン、あの眼鏡どこやったー? ほらー、変なレンズ入ってるやつー」

「俺ぁ知らねぇぞ! そもそも小道具の片づけはおめぇの仕事だろうがぁ!」

「えー。ボクあのあと受け取ったかなぁ……」


 その後がたがた音がして――しばらくしてシエルが何かを持って戻ってきた。


「ごめんお待たせ。……はいこれ」


 差し出された手には、あのドミノマスクと同じ、機械的な意匠の片眼鏡モノクルが乗っていた。ただこちらにはもう少し近代的な雰囲気がある。

 ライルはそれを手に取るが、見た目以外に変わったところは見受けられない。ごつい外見のわりに軽いがその程度だ。ブリッジで鼻にかけるタイプで右目用。度は入っていないらしい。


「……これがなんだよ」

「実はこれには、ウチの技術屋が偶然完成させた特殊なモニターレンズが入っててね」

「ほう」

「これをかけると――女の子がジャガイモに見える」


 数秒、ライルの思考が止まる。が、何とか気を取り直して、


「いや、なんだそれ……」

「いいからかけてみて、ほら、試しにミアとベルテを見てみてよ。あ、モノクルだけで見てね」

「はぁ……」


 馬鹿馬鹿しく思いながらも、眼鏡を取り換える。左目を閉じてミアとベルティナに視線を移すと――そこにはイモが二つ浮いていた。


「ね? 見えるでしょ」

「んなアホな……」


 モノクルをかけ直すが、やはりモノクルで見たときだけ二人がイモになった。衣服など、身につけているものも消えていて、程よく育った形のいいジャガイモが、ちょうど頭の位置に固定されて浮遊している。ライルは思わず歩み寄って、じっくりと二人(二つ?)を見つめる。


「これは……うん。見れば見るほど……イモって感じだな」

「ライル君、ぶっ飛ばされるよ?」


 ユアンの忠告に、ライルは口を噤む。ちなみに彼を見てもイモにはなっていなかった。肩には、イモを乗せていたが。


「レンズが一つしかないから両目は無理だけど、片目だけでも、ないよりマシじゃない?」


 背後からのシエルの声に、ライルはミア(イモ)とベルティナ(イモ)を交互に見つめる。


(ふむ……)


 確かに、イモであれば恐怖も嫌悪も湧いてこなかった。ここまでぶっ飛んでいると逆に割り切れるようだ。今まで目を瞑ってやり過ごすこともあったが、それのイモ版というわけである。視界をふさがないだけありがたい。


「でもこれで治したって言われてもなぁ……」


 モノクルを外して振り返ると、目の前にシエルがいた。


「技術屋に頼んで、もっと高性能なのを作ってもらうよ。それはあくまで偶然の産物だけど、本格的に研究すれば女性を女性と認識しづらくなる眼鏡とか作れると思うよ。どう?」

「……むぅ」


 ライルはモノクルを今一度じっくり観察する。どういう仕組みかはわからないが、女性がイモに変わるのだ。シエルの言うような眼鏡も、案外作れるのかもしれない。


「それにさ」


 顔を上げると、シエルは挑むような眼差しを向けてきた。


なら、ボクたちの活動に興味はあるでしょ? シュタルニアの美術品が不当に売買されてる現実はあるんだし、キミはそれを良しとするの?」


 灰色の瞳はライルを捉え、質問から逃げることを許さない。しかもその問いは、古美術商ライルとしてではなく、怪盗ランスロットとしての回答を求められているように思った。

 そう考えるなら答えは一つだ。雑な手口で盗み出し、美しいものを鑑賞するでもなく無節操に金に換える。そんなことを怪盗ランスロットが許すはずはないし、絶対に許してはいけない。

 しばらく黙考して、ライルは口を開く。


「……やるのはあくまで盗みだけだぞ? 国の組織だからって、他のことはやらんからな?」

「うん。いいよね、団長?」


 シエルの問いかけに、ベイドリックは無言で首肯した。

 それを見て、ライルは告げる。


「……わかった。協力してやる。けど、このモノクルの完全版。約束したからな?」

「おっけー♪」


 シエルは、やけに嬉しそうに跳ねた。腰の裏で手を組んで、上目がちにこちらを見つめる。


「じゃあ改めてよろしくね。ライル」

「おっ、おう……」


 彼女から一歩身を引いて、ライルはどもる。

 しかしライルはふと思いついてモノクルをかけた。目の前の彼女もまた、さぞや立派なイモに見えるのだろう。今までおちょくられた仕返しに、彼女を笑ってやろうと左目を閉じる。

 だがしかし、彼女は人のままだった。


「あれ……壊れたのか……?」


 その反応を見て、シエルはにんまりと笑った。こちらの顔にゆっくり手を伸ばしてくる。

 思わず固まるライルだったが――彼女は頬の絆創膏をつまむと素早くはがした。


「ふふん。残念でした。ボク実は、オトコノコなんだよね」

「………………………………は?」


 もう、何が何やらわからなくなった。

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