1-7
天井付近に備え付けられているらしい換気扇が駆動して、スモークが晴れる。ステージはクレーターだらけで、シエルの手品道具もいくつか散らかっている。鉄格子は降ろされたが、殺意満載の攻撃を連続で捌き続け、最後に謎の音波攻撃まで受けたライルにもはや逃げる気力はなく、その場にへたりこんだ。
「やっぱりすごいね。十分動けるじゃん」
「お前な……」
額の汗をシャツの袖で拭って顔を上げる。目の前にはドミノマスクを外したシエル。その奥、少し離れた位置にはミア、ベルティナ、ユアン(とエリザベート)の姿があった。
「もう帰してくれ。お前の依頼とやらも受けんからな……」
だがそこでシエルは屈みこんで囁いた。
「キミがランスロットだって、ここでばらしていい?」
「な……!」
「まだボク以外誰も知らないんだよね。自業自得で女性恐怖症になったっていう恥ずかしい事実も一緒に公表しようか。残念過ぎるねー。美しくないねー」
「ぐっ……」
ランスロットだとバレるのもまずいが、辞めた原因まで公表されるのは嫌すぎる。羞恥心云々もあるが、ランスロットのイメージが下がるのは避けたい。ランスロットとしての活動そのものは誇りを持ってやっていたし、それに関しては後悔していないのだから。
「それに、みんな正義感は強いから、誰かがこっそり警察に通報するかもしれないね?」
「お前、卑怯だぞっ……!」
「おとなしく団長の話を聞いてくれれば、黙っててあげるよ」
シエルが立ち上がると、誰かが舞台に上がった。
――さっぱりと整えられた白髪交じりのブロンドと藍色の瞳を持つ壮年の男だ。厳格な意志を湛えながらも凪いだ海のように穏やかな眼差しは特に印象深く、隙なく背広を着こなした姿は、まさにシュタルニア帝国紳士の理想像。体も無駄なく引き締まっていて、その見た目は泰然自若とした獅子を思わせた。しかし彼の姿を見たライルは、思わずその名を口にしていた。
「カール・ベイドリック……」
そこにいたのはフェルゼン警察省の顔ともいえる人物、カール・ベイドリック警視監その人だった。新聞記事などでよく見る背広姿そのままで、見間違えようがない。
ベイドリックはこちらに歩み寄ると手を差し伸べてきた。
「急に呼びつけたうえに、酷い仕打ちをした。すまないね。君をテストする必要があったんだ」
見た目相応に穏やかなテノールが響く。ライルは彼の手を取り、立ち上がって、
「はぁ……まぁ、生きてるんで、もうなんでもいいですが……」
「はは。寛大だね。ありがとう」
「……別に、大したことじゃねーですよ」
そこでベイドリックは一度咳払いする。
「では改めて。ここの責任者のカール・ベイドリックだ。皆からは団長と呼ばれている」
握手の手が差し出され、断る意味もないのでライルは応じた。
「……どうも。ライルです。ライル・カートライト」
「よろしく。カートライト君」
苦笑いを返すライルだったが、そこで思い切って口を開いた。
「あの……責任者さんに、聞いていいですかね?」
ベイドリックは握手の手を離して、
「なんだね?」
「俺に何の用ですか。この子――シエルは、その……俺に盗みを教えてほしいとか、自分は泥棒だとか言ってたんですが」
ベイドリックはゆっくりと頷いた。
「言葉通りだ。彼ら――アルカンサーカス・アクターは泥棒だ。君には、彼らに盗みを教えてやってほしい」
警視監という立場の人間が口にしていい言葉ではないはずだが、誰も否定しないし、ベイドリックも冗談を言っている風ではなかった。
「ここは、犯罪組織かなんかですか」
「広く言えばそうなる。が、我々は国――シュタルニア公安部の秘密組織でもある」
「国家ぐるみで犯罪やってんですか」
「そうだ。堅苦しく言えば、違法捜査というものになる」
「なんのために……」
するとベイドリックは謹厳な眼差しをこちらに向けた。
「アルカンサーカスに課せられた使命は一つだ。不当に盗まれたシュタルニアの国宝、美術品を強引に取り返す。そのために、我々は組織された」
その言葉に思わずシエルを見ると、彼女は得意げにウインクしてきた。
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