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そこから一時間と少々。なんとか約束の時間までに、ライルは目的地付近に到着した。道の端で体をほぐしつつ、六本の街路が合流する
「西フェルゼンから東フェルゼンまで歩きってなると、やっぱ疲れるな」
東フェルゼン、西フェルゼンというのは、首都が南北に伸びる特級河川、レーム川によって分断されているためについた俗称である。二つの市街は巨大な跳開橋、フェルゼンツインタワーブリッジで結ばれていて、街の動線もそれを起点に作られている。なお指定のあったアルカンというのは東フェルゼンの区画の名前で、今いるのはアルカン81にある円形広場。例のチケット記載の番地通りなら、ここに面したどこかに指定の建物があるはずなのだ。
「えーっと……A24ってことは……」
この街の区画整理のルールを思い返して広場をまわる。
指定の建物はすぐに見つかった。赤土の煉瓦を外壁にした、三階建てらしき古ぼけたバロック建築。曲線を多用した屋根には棟飾りが施され、その下には飾り窓含めた窓がいくつか並んでいる。基本は直方体の建物だが、要所が凸型にせり出していて、構造は案外複雑。奥行きもそれなりにあるようだ。両開きの正面扉は木製で、経年劣化で色が濃くなっていた。
ただそれだけと言えばそれだけで、外見だけで言えばこの街ではありふれた建物だった。見た目は古いが、そのぶん街並みに溶け込みすぎていて存在感は薄い。ライルもこの円形広場は知っていたが、この建物を今まで意識したことはなかった。
唯一異質だとすればその名前か。ライルは正面に掲げられている古ぼけた看板を読み上げる。
「アルカン、サーカス……」
アルカンの
ライルは正面にある短い階段を上って、飾り窓から中を見た。内部は主に木造で、右手にチケット売り場らしい受付窓があり、奥にはモギリが立つようなカウンターが見えた。しかし明かりもなく、人の姿は見当たらない。
(ここで合ってるんだよな……?)
今一度周囲を見渡したが、場所に間違いはない。だが廃れた雰囲気になんとなく雲行きの怪しさを感じて、ライルは左目を瞑った。
「……一応持ってきて正解だったか」
ライルがさりげなく右の袖を振ると、機械的なアームを介して、銀色の銃身を持つ中折れ式二連装の小型拳銃が飛び出した。名は〈ベルベット〉。一般的な護身銃で殺傷能力は低いが、怪盗時代から使っている愛銃だった。
(ま、使わずに済むのが一番いいんだがな)
機構が問題ないことを確かめて、ライルはそれを再び引っ込める。素早くリロードができない欠点があるため弾丸は二発しか持ってきていないが、護身用としてはこんなものだろう。
それに今となっては彼女をそういう意味で警戒したくはなかった。だって、運命の人かもしれないのだから。
「行くか」
意を決して足を送り出し、正面扉に手をかける。鍵は開いていて、押すと扉は軋みながら開いてゆく。建物内の空気がふわりと舞って、ライルを迎えた。
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