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 翌日、昼前。ライルは店を臨時休業にして街に繰り出していた。服装はエプロンなしのいつもの格好で、眼鏡もかけている。

 目的は無論、昨日の少女――シエルに言われた場所へ出向くためである。女性恐怖症のライルにとって街を歩くのはそれなりに苦行だったが、約束してしまったし、ランスロットであることを警察にばらすと脅されては従うしかない。

 ただ女性に会うためにこうして歩いているというのは、なんとも気が重くなる。シエルはまだ子供だろうが、女性として扱うべきラインは超えているので個人的にはアウトなのである。


(って、これじゃ俺がロリコンみたいじゃねーか)


 あれこれ思考を巡らせつつも、慎重に体を捌いて歩道の人波を避ける。

 目抜き通りから離れているにもかかわらず、街路は賑やかだった。晴れ空の下、人の会話や店の呼び込みが響き、そこにストリートパフォーマーの奏でる音楽やガソリン式自動車キャリッジ排気音エキゾーストノートが重なる。その独特の喧騒は、もはや街のBGMだ。

 また古い様式の家屋が並ぶ中、最新の携帯電信フォン片手に人が歩いてゆく様はまさに新故一体。だがこの軽妙な街の地下に、景観のために追いやられたライフラインがぎゅうぎゅうに詰め込まれていると考えると、奇妙な可笑しみさえ感じられた。

 ライルは、この街並みが好きだった。怪盗を辞めた後もここに留まっているのは、この景観の美しさに惹かれたからに他ならない。


(にしても……何なんだあいつは)


 目の前から歩いてきた女性を多少大げさに避けて、胸中で独りごちる。

 考えていたのは、シエル彼女に対する疑問だった。泥棒をしているのは本当なのかとか、どうやってこちらの正体に気づいたのかとか、それは多くある。人を脅してまで盗みの技術が欲しい理由も気になる。ただライルとしては、それらとは別に違和感もあった。


(案外、喋ってたよな……俺)


 そう。昨日の自分は明らかに、彼女と喋りすぎていた。突飛な状況すぎて気が逸れていたのかもしれないと思ったが、普段女性の声にすら怯えているのに、妙なものだ。

 それに今も、脅迫されているというのになぜか彼女に対しての恐怖心や嫌悪感はどこか希薄だった。多少親しく会話したことで警戒心が薄れているのかもしれないが、少々腑に落ちない。

 ライルはなんとなく貼ったままにしていた絆創膏を指で触る。


(あれ。待てよ……これってもしかして)


 ふと、ある可能性を思いついて、思わず口を手で押えてその場で立ち止まる。


(そんなまさか……いやでも、ありえない話でもない……)


 自分の恐怖症はあくまで精神的なものだ。ならばがそれを打ち消すこともあるのではないか。女性への恐怖を消し飛ばすような強烈な何か。それは、つまり――。


「運命の人……ってことなのか?」


 ――歩道の真ん中で立ち止まる不審な男を、迷惑そうに避けていく人波。つぶやかれた言葉が喧騒に遮られていたのは、幸いだったかもしれない。

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