プロローグ

悪逆の後継者


 夜のとばりの中で一人の青年がビルの屋上から町並みを見下ろしていた。


 その身体は靭やかに鍛えられている。顔には未だ幼さが残る少女の様にも見えるが凛々しい顔立ちだ。黒いコートを羽織り夜だと言うのに目にはサングラスを掛けている。

 そんな青年が見下ろしているのは誘拐犯の潜伏している廃屋となったビルだ。


 青年の名は一ノ瀬マモル。

 あの事件から既に三年が経過し、少年は青年へと成長していた。


 廃ビルの表に車が回されて男達が出て来た。脇にはぐったりとした少女が抱えられているのが見える。それで青年は左手で顔を押さえると小さな声で呟く。


「――マテリアル・イグニッション――!」


 その瞬間かざした左手甲の上で不思議なサインが輝いた。その輝きと共に爆発的に青年の気配が変質していく。やがてその手をどけるとそこには二つの色をした瞳が輝いていた。

 黄金に輝く左目と、白銀に輝く右目。人に非ざる目で夜を貫きながら青年は癖の様に脇腹を押さえる。その押さえる左手に浮かんでいるのは竜崎阿久斗の左手に浮かんでいた『φ』とは違う別の文字。


 かつてあった『ストライク・ケイジ』の戦士、ブレイド・ラグーンの左手にあった文字と違い円の上部が欠けている。途切れて霞んだ記号はまるで『Ψ』と言う文字にも見える。

 その文字『Ψ』が意味する物は『誕生』。まさしく新たな超人の誕生を示していた。


 かつていた二人――『竜崎阿久斗』と『シンシア・ヴェルホルン』が少年時代の彼に語った事は今も深くマモルの中で根付いている。それはまるで実父の言葉であるかの様に。

 何せかつて存在した悪の組織『ストライク・ケイジ』の大幹部達により彼は命を分け与えられたのだ。それも二人の超人から与えられた命の力――現在も未だ世界が到達出来ていない未知の超テクノロジーの力を。


――先生……俺、やっと先生が何と戦ってたのか、理解出来たよ……。

 青年は静かに目を閉じると思いを馳せた。


 この世界には『正義』は存在を許されていない。何故なら全ての人々を平等に扱う事なぞ出来ないからだ。人間とは美しくも醜い相反する心を内に秘めた生き物だからだ。


 だからどんなに正しい事をしても間違っていると言える。人は立場や判断で矛盾した結論を導き出してしまう。だから人の善悪は線引き出来ず『正義』自体が意味を失う。結局正しさを突き詰めると相反する正しさを選べず『正しい事』が出来なくなるのだ。


 だが――『悪』は違う。

 善と悪が混じり合えば必ず『悪』と呼ばれる。『善』とは純粋が故に一点の曇りすら許されない。だから僅かにでも『悪』が混じればそれは『悪』。だからかつてあった『ストライク・ケイジ』は『悪』の烙印を押された。そして竜崎阿久斗も文字通り悪にされた。


 この世界は『正しい者』に責任を負わせようとする。しかしそれは間違っているのだ。何故なら責任を負わせると言う事はその者が間違えたり落ち度があったと言う事で『正しくなかった』事にする。正しくないならそれは悪だ。


 だからもし正しいのであれば責任を負わせてはならない。責任とは『誰が悪いか』を決める手段でありそれが本当の正しさを狂わせる。


 実際に青年が尊敬する竜崎はマモルが中学生の頃にイジメから救ったが責任を取らされて教職を追われ掛けた。助けた事は正しい筈なのにそこに他人が絡んで結局悪とされた。


 正しさ――『正義』とは立場によって違う。大局的には国と国が争う戦争もどちらもがそれぞれ掲げる『正義』の為に戦う。自分と他人の正しさが違えば判断出来る筈がない。

 それがあの頃に竜崎が言った『強い方が正義になる』と言う事だったのだ。


 だから竜崎を理想とするマモルが目指すのは正しくとも責任は負わない――即ち『悪』。


 一ノ瀬マモルは自ら進んで師と同じ『悪逆』の立場を選んだ。

 今も尊敬する竜崎阿久斗の様に。マモル自身が信じる正しさを貫く為に。

 それは独善的な正しさかも知れない。しかしどちらにしろ責任を負わされて悪となるのであれば最初から悪と割り切った方が早い。真面目だった竜崎とは違って少年なりの柔軟さはあの幸せで辛い経験から気負う事無く一つの答えを導き出していた。


 悪逆の後継者――尊敬する竜崎阿久斗と同志シンシア・ヴェルホルンの後を継ぐ者として。


 手が届く範囲を独善的に守る為に与えられた力を行使する。理不尽から人を守っても責任は一切負わないし名乗り出る事もしない。それはかつて少年だったマモルが救われた時の様に。

 シンシアが竜崎に言った通り、『本当のヒーロー』とは正体を隠す物なのだから。


「――先生は怒るかも知れないけどさ。でも俺は、違う方法で先生みたいになるよ――」


 そう独り言ちると青年は息を吐き出して立ち上がった。異なる光を宿した二つの瞳で標的を睨む。今日の標的は最近この街付近で失踪事件を起こしている誘拐犯だ。塾帰りらしい少女は眠らされているのかぐったり動かない。これなら助けても姿を見られる事は無い。


 まだ変身どころか身体強化しか出来ないがそれで充分だ。犯人達に気付かれない内に一撃で意識を刈り取ってしまえばいい。後は少女の身柄を安全な処に移動させる。力を開放したマモルは人一人を抱えても余裕で跳ぶ事が出来るから何も問題は無い。


 なにせ青年は人に不可能な事が出来る超人――ストライク・ケイジの後継者なのだから。


 やがて青年はビルの上から暗い夜の街へと身を躍らせた。二つの輝く瞳が照明一つ無い暗闇の中を射抜く様に見通す。男達の話している内容が鮮明に聞こえる。その音が何処に何があるのかを全て筒抜けにする。竜崎達はこんな世界に居たのかとマモルは驚いていた。


 二〇メートル以上の高さから飛び降りて地面の上にふわりと音も無く着地する。そして物陰から建物の中にいる男達と少女のいる場所を確認する。男達は全員で五人。少女の呼吸は眠っている様に穏やかだ。だが踏み込む直前に青年はふと何かを思い出して苦笑した。


――誰にも見つからずに良い事をするなんて、まるでサンタクロースみたいだな……。


 優しい人には幸せを、悪い奴らには報いを。そしてそれを決めるのは全てマモル自身だ。


 しかしその浮かんだ笑みが消えて青年の目が鋭い物に変わった。その目付きはかつての恩師、竜崎阿久斗にとても似ている。

 やがて青年は今も尊敬する悪の組織の大幹部達が口にした『あの言葉』を口にした。


「――さあ……覚悟を決めろ・・・・・・――!」


 そして悪逆の後継者、新たに誕生した『守護者ガーディアン』は闇の中へ溶ける様に消えて行った。



悪逆の後継者(了)

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悪逆の後継者 BLADE GUARDIAN いすゞこみち @komichi_isuzu

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