3−4 シンシアの最期

「マモルくん! マモルくん! どうしよう、血が、血が止まらないよう!」


 半ば半狂乱になりながら清川はマモルの脇腹を必死に手で押さえていた。

 ピンポン玉程の大きさの傷が少年の脇腹を抉っている。裂けた身から肉が見えてそこから激しく血が吹き出しているのだ。それはもうどう見ても助からない程の出血量だった。


 壁にも同じ様に穴が空いていて外からは何かが燃える匂いと音が続いている。恐らく何かが外から撃ち込まれて少年はそれからシンシアを庇おうとしたのだろう。それがまさかガトリングガンで掃射された物だとは清川には分からなかった。


 教え子が、特に親しかった少年が倒れて怖がっている暇も無いらしく清川はマモルとシンシアの傍でへたり込んでいる。だが次々に血が流れていく。床に流れた血が座り込んだ清川の足元をじわじわと浸していく。

 もうどう見ても助からない――清川がそんな絶望の悲鳴を上げそうになった時だった。少年の腕の下で動かなかった銀髪の少女の身体がピクリと動いた。


「……う……」

「し、シンシアさん!? どうしよう、マモルくんが!!」


 気が狂いそうな顔で少女の名を呼ぶ。だが頭が朦朧としているのかシンシアは薄っすらと瞼を開く。そして青褪めた――いや、既に茶色く変わりつつある少年の顔を身近で見た瞬間その顔に同じく絶望と驚愕が浮かんだ。


「……な、んで……」

「どうしよう! どうしよう! 私、どうすれば!」


 少年を抱きかかえて泣き叫ぶ清川を見るとシンシアは掠れた声で鞭打つ様に鋭く叫んだ。


「――ユイ! マモルを寝かせて! 私を起こしてッ!」

「え、でも! でも!」

「いいから早くッ! マモルを、死なせたいのッ!?」


 その一言で少しだけ冷静さを取り戻したのか清川はじっとマモルの顔を見つめる。抱いていた手を離そうとするがブルブルと震える指先では血が既に固まり始めている。抱いていた少年の顔から剥がすとぺりぺりと音を立てる。

 そして少年を少女の隣に寝かせると今度は隣のシンシアを抱き上げて尋ねた。


「そ、それで!? 私、どうすればいいの!?」

「……私の、手首を……マモルの、傷口へ……」

「こう!? こうすればいいの!?」


 言われるがままに少女の右手首を少年の左脇腹へ押し当てると銀髪の少女が小さく呟く。


「――マテリアル、イグニッション……」


 その途端少女の右手首が裂けてそこから大量の血が溢れだした。それは少年の傷口に流れ落ちると混ざり合っていく。少女の血は赤いが薄っすらと銀色に輝いても見える。

 そんな様子を見て我に返った清川が少し慌てた様子でシンシアに尋ねた。


「ちょ、ちょっと!? 血を混ぜるの、駄目なんじゃ……」

「――大丈夫。ナノマシンの、移植……する、だけ……」


 だがそう言い掛けた処でシンシアは気を失う様にぐったりと首が倒れる。そのまま気絶したのかと清川は慌てるが少女は薄っすらと瞼を開くと虚ろな顔で小さく呟いた。


「……本当に、馬鹿な子……わ、たし、を……かば、て……」

「ちょ、ちょっと!? 貴女、貴女は大丈夫なの、シンシアさ――」


 そう尋ねようとした処で清川は少女の異変に気付いて絶句した。触れている身体からは既にほぼ体温を感じない。まるで死に掛けている様にも見える。だがその皮膚が足の先、末端部から色が抜け落ちていて肌の表面がひび割れ始めているのだ。


「――生き、て……Blade Guardianつるぎのしゅごしゃ……」


 掠れる声でそう呟きながら少女の肉体が塵へと還っていく。シンシアの口が僅かに動くがもうその声は聞こえない。そしてそんな少女を気が狂いそうな顔で抱きしめる清川の手の中で『シンシア・ヴェルホルン』と呼ばれた少女はこの世界から消滅した。

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