3−2 守れない物
表から悲鳴と銃撃が聞こえて来る中、マモルは堪らない気持ちで俯いていた。
恐らく今、竜崎阿久斗が戦っている。誰かを殺しているのかも知れない。しかしそれで死んだとしても少年は相手に同情する気にはなれなかった。そんな相手がやった結果が今目の前で横たわっているシンシアだ。
しかしそれでも『人が死ぬ』事に中学生のマモルが素直に受け入れられる訳は無い。
「……マモ、ル? だい、じょ、ぶ?」
いつの間に目を覚ましたのかシンシアが薄く瞼を開いている。先程と違って呼吸も穏やかで随分と落ち着いた様に見える。
「し、シンシアさん、大丈夫ですか!?」
「ええ……身体はまだ、動かない……けど、元々、そうだったし、ね……」
「……え? それってどういう……」
元々動かなかった、と言う言葉にマモルは戸惑った顔に変わる。だがそんな少年を見て白銀の娘は少し苦しそうに笑う。
「ごめんなさい。ちょっと……身体、起こして、くれる? 呼吸が苦しいから……」
「あ……は、はい!」
そして言われるままに身体を起こそうとするが今のシンシアはほぼ全裸に近い格好だ。流石に直接触れるのは不味いと思った少年は自分が来ていた夏服の半袖シャツを脱いで少女の身体に被せる。それでやっと身体を起こすと壁に背中をもたれさせた。
「……ッつ……」
「あ! ごめんなさい、大丈夫ですか!?」
「……大丈夫。随分楽になったわ。だけど服、有難う。こんな風に女の子として扱われるのは久しぶりだわ。まあそれはそれで自分がちょっと情けなくなってくるけど……」
どうやら本当に楽になったのだろう。シンシアは随分楽になった様子で言葉も途切れていない。しかし少し恥ずかしそうに笑う少女を見てもマモルはとても笑えなかった。
少女の身体には数多くの傷跡がある。胸や脇、それは至る処に。それだけ散々身体を切り刻まれた上にいつでも処分出来る様に処置されていたのだ。つまり『実験材料』として。
正直な処マモルには『ナノマシン』と言われてもピンと来ないし彼女と同じ竜崎阿久斗を見ても人間としか思わなかった。確かに『変身』出来るがそれでも認識は変わらない。
辛そうな顔で俯いてしまう少年を見るとシンシアは力なく笑った。
「――私はね。小さい頃事故で……歩けなくなったの。他に出来る事が何も無かったから勉強ばかりしてた。気が付けば研究室で医療科学技術の研究をしていたのよ」
「そうだったんですか……凄いですね……」
「まあそれで……ナノマシン導入手術を受けて何とか歩ける様になったんだけどね?」
そう言って笑うとシンシアは少し離れた壁に背を預けて座る清川に視線を向けた。
「――ねえ、貴方……ユイ、だっけ?」
突然声を掛けられて清川はビクリと身体を震わせた。しかし先程より幾分か落ち着いたのかそれ程取り乱してはいない。それでも疲労が大きい様でノロノロと顔を上げた。
「……はい……」
「ユイはフランスの、ええと……『美女と野獣』って知ってる?」
「ええ……知ってます……」
「私はね。それと同じなんじゃないか、って思うのよ」
「……え?」
突然少女が言い出した話に清川は戸惑った顔に変わった。一体何が言いたいのか理解出来ない。だがシンシアは笑みを浮かべて話を続ける。
「人は見た目でしか判断しない。一度化け物だと思えばそうだと思いこむ。ラ・ベルは野獣を人に戻せたけど貴女はどうかしら? 結局私達がやろうとしたのは『皆がラ・ベルになれる為に』よ。そうすれば不幸な野獣はいない。私達の組織はその為にあったのよ」
だがそう言われても清川には良く分からない。そもそもストライク・ケイジは日本国内では殆ど知られていなかった。つい先日初めて大きくニュースに取り上げられたばかりだ。
シンシアはぼんやりと考え込む清川から再び少年に視線を移すとその頭に手を乗せた。
「……マモルは
「……いえ……」
「でもお互いに興味が無ければいいのよ。触れ合う時だけお互いに譲歩してそれ以外では触れ合わない。きっとそれが私とアクトの考えが違う部分だと思うわ?」
「え……それって、どういう事ですか?」
先程からシンシアが一体何を言いたいのかが分からなかった。それで少年は思わず清川に視線を向ける。しかし清川も分からないらしくぼんやりとした様子で何かを考え続けている。そんな二人の前で銀髪の少女は目を閉じると懐かしそうな顔で呟いた。
「……私は気にして欲しく無かった。皆が私に気を使うの。いつも気にされて。いつまで経っても一人前になれない。まるで大人になれないピーターパンね。私は歩けない可哀想な子でそれ以外見て貰えない。歩けない事が私の個性でそれしか見て貰えなかったのよ」
だがそれだけ言うとシンシアは黙ってしまう。他に語る事は無いかの様に目を閉じて静かに。その横顔は青褪めていてまるで死人の様にも見える。
しかしそんな時、閉じられていたシンシアの目が突然開かれた。キョロキョロとする様に耳をすまして何やら探っている様にも見える。
「あ、あの……シンシアさん、どうしたんですか?」
「シッ……黙って。何かが真っ直ぐ此処に向かって来てる。ローター音……かしら」
「え……ローター音?」
そして今度は清川の方を向いて真剣な顔で尋ねる。
「Hey,ユイ! この近くにJapanのSelf Defense Forceの基地でもある!? この学校はフライトコースに入っている?」
「え、えっと……セルフ……ああ、自衛隊……」
「Hurry Up、答えて!」
「え、と……自衛隊の基地は近くに無いです。それにフライト……飛行機とかも飛んでるのは聞いた事がないかも……前に一度だけヘリコプターが飛んでるのは見たけど……」
それでシンシアは僅かに考えると突然自分の胸元を広げて凝視した。胸の谷間の中央に傷跡が見える。他の傷は全て弾けたのにその部分だけは全くの無傷だ。
その瞬間少女はハッとした顔に変わった。
「……GPS! そうだわ、実験材料の私を連中が諦める筈が無い……と言う事は――マモル、ユイ、今すぐ私を置いて逃げなさい! すぐに此処を離れて!」
「……え、えっと?」
突然顔色を変えた少女が叫ぶ。だが余りに突然過ぎて少年も清川もすぐに反応出来ない。キョトンとした二人を必死の形相で見るとシンシアは痛みを堪えながら大声を上げた。
「ステイツのチョッパーよ! 奴ら、私が生きていると困るのよ! だから――」
だが何処か遠くから風を切るローター音が聞こえて来た。それはもう特別な耳を持っていない二人でも聞こえる音だ。そしてそれはすぐ近くにまで近付いて廊下の窓ガラスをびりびりと震わせ始めた。更に何やらカラカラと何かが回って擦れる様な音が響く。
一体何が起きているのか分からず動けない少年の身体へとシンシアの手が伸びる。どうやら突き飛ばそうとしたらしいがそのまま顔から血の気が引いてがっくりと倒れてしまう。それを見て咄嗟にマモルは気を失った少女に被さる様に横倒しに倒れた。
次の瞬間ガラスの砕ける音が聞こえて直後バラバラと激しい騒音が室内に鳴り響いた。
喧しいヘリコプターのローター音が室内に反響して破壊の音だけが聞こえる。部屋の中でポツポツと光の点が生まれ始め、廊下側の壁が障子に穴を開ける様に丸い形で穿たれていく。それはまるで綺麗に壁を消していくかの様に。
そしてトス、トスと言う無機質な音が上がり部屋にあった机が砕けて木片が飛び散りもうもうと煙が上がる。その中で清川が悲鳴を上げるが騒音に掻き消されて聞こえない。
やがてその騒音の渦が突然金属のぶつかった様な『がひん』と言う激しい音の後で鳴り止む。だが直後、今度は遅れてドンと言う凄まじい音と共に衝撃が特別棟全体を襲った。
まるで建物が揺さぶられる様な激しい衝撃が続く。そしてその振動がやっと収まった頃、必死に俯せていた清川が顔を上げると目の前でマモルとシンシアが重なる様に倒れていた。
だが二人は力なく横たわったままで全く動こうとはしない。
女は四つん這いになったままで恐る恐る近づくと少年に声を掛けた。
「……え……マモルくん? シンシアさ――」
身体を揺すろうと少年の身体に触れた手にはベッタリと粘着質の液体が付いている。
それは――少年の血、だった。
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