第三幕 悪逆の剣 ―マテリアル・イグニッション―

3−1 守る為の戦い



 櫻ケ丘中学校の校庭は一人の超人と兵士達の戦闘の末、地獄絵図と化す事となった。


 少し前に第二突入班が特別棟に侵入、そのまま対象『ファイ』を無力化して捕獲、もし生存していれば対象『ミュー』も回収する。その為に殺傷力が高いホローポイント弾を装備させている。毒や麻酔は一切効かない為に厄介だが『化け物』は多少の事では死なない。


 ストライク・ケイジのマッドサイエンティスト達が作り出したモンスター、その中でも特に戦場を駆け回っていた『ドラグーン』は有名だ。『竜騎兵』と言う本来の意味とは違って剣を持って戦う事が知られている。その姿は竜に近く日本の鎧武者に酷似している。

 なにしろ戦車を相手に生身で――とは言っても化け物だが――戦える相手だ。それが恐ろしい程巨大な剣を振り回す。銃で狙撃しても装甲は破れるかどうかも分からない。

 その為に基地にガンシップの発進要請デリバリーまでしている。捕獲出来れば充分損失に見合う。それ程までにストライク・ケイジのエージェントの肉体は魅力的だった。


「――なんだ、随分遅いな。第二突入班からの連絡は?」

「いえ……コールしていますが返答はまだ……」


 指揮官らしき男がイライラとした様子で特別棟校舎を見上げている。そこでホロの付いた車両から離れると指揮官は胸ポケットからぐしゃぐしゃになったシガーを取り出す。先端に火を着けて煙を大きく吸い込んだ時突然恐ろしい咆哮が響いて慌てて顔を向けた。


『――GAAAAAAAAAH!!』


 それは最早人の声とは到底思えない凄まじい声だ。そしてその声の主が標的がいる特別棟の四階にある窓から身を乗り出している。彼らの標的である化け物が振りかぶって何かを投げるのを見て指揮官の男が咥えていたシガーがポトリと地面に落ちた。


 かのドラグーンが投げたのは突入した第二班の兵士だったのだ。四階の窓から放り投げられて兵士は空中でもがきながら地面に激突して校庭の上に真っ赤な薔薇を咲かせる。

 その普通ではない犠牲と光景に地上で警戒していた兵士達は呆気に取られたまま反応出来ずにいる。そんな中で指揮官の男は呆然としながら小さく呟いた。


「な――んだと……奴ら、『エージェント』は人を殺さないんじゃ無かったのか? そんな、人間を殺すのなら……それはもう、本当の『モンスター』じゃないか……」


 これまで竜崎やシンシア達ストライク・ケイジの『エージェント』は人間的な倫理観を遵守していた。強力な力を持ちながら命を奪う事はしなかったのだ。だからこそ東アジアの島国で住宅地にある施設を周囲から隔離するだけで作戦を実行した。それは相手の善意に付け込むやり方で例えるなら無抵抗な相手を狩るだけのフォックスハンティングに近い。


 だが彼らの前に現れたのは怒り狂う獰猛な、手負いのモンスターだった。

 日中の日差しの中で窓から身を乗り出した化け物が宙を舞い、その瞬間破れ鐘を叩く様な恐ろしい声が響き渡った。


『――マテリアルゥゥッ、ブーストォォッ!!』


 空中で男が掴んでいた剣が恐ろしい早さで拡張を開始する。鉈の様に見えていたのは実は折れた剣で修復補完が進むに連れてそれは大きな剣に変貌していく。やがて男の身体が地面に降り立った時、その剣は車両一台分の長さの巨剣へと変わっていた。


 そんな化け物じみた武器を片手で振るいながら悪の化身がすぐ近くに居た兵士集団へと肉薄する。咄嗟の事で慌てるが兵士達は銃をまともに構える事も出来ない。


「……No……No, Oh GOD……」


 悲鳴が上がり銃弾が飛び交う中で阿久斗は防御すらせずに突っ込んで行く。剣とは言っても余りに巨大で鈍器と言う方が相応しい。切断ではなく兵士達の肉体を引き千切る様に質量が襲い掛かる。そのひと薙ぎで五、六人の兵士達の身体が纏めて上下に分断された。

 周囲に散らばる内蔵と液体が校庭の地面を赤黒く濡らして行く。

 そして男は次の標的を見定めるとあり得ない早さで飛び出した。


「……ッ、FIRE! FIRE!」


 まるで悪夢の様な光景に凍りついていた兵士達が声を上げる。

 雨あられの様に飛んでくる激しい銃弾の中をブレイド・ラグーンは構わずに駆け抜けた。

 その中で阿久斗の左腕が関節から千切れ落ちる。銃による攻撃が効くと兵士達の表情に一瞬ホッとした感情が浮かぶが戦士はそれでも止まらない。激痛も苦痛も竜崎阿久斗の行動を止める事は出来ない。凶悪な『悪逆の剣』を振るう事を男は辞めようとはしなかった。


 それは理不尽に対する怒り。人を人として扱わない者に対する憤怒。そして最後まで信じようとしていた人間に対する反逆だった。竜崎の行動には既にストライク・ケイジの理念は存在しない。ただ純粋に守りたい者がいるから守る。守りたい場所を守る。その為ならば害を為す者に容赦はしない。そんなシンプルな思考が冷静な男の足枷を解き放った。


 皮肉な事にそんな男の足枷を解き放ったのが一ノ瀬マモルと言う普通の中学一年生の少年だった。


 例え化け物になろうがマモルは竜崎を『人』と認めてくれた。ならば少年を守る為に惜しむ事なぞ無い。このまま殲滅出来なければマモルと清川ユイは必ず捕えられる。それにシンシアも自分と共に再び実験材料として扱われる。それは絶対に許せない事だった。


 心優しく誰かの為にしか泣かない少年。それはストライク・ケイジの理念より重く深い処で心を震わせる。相手を認めて許せる者。それを守る為ならどんなに汚れても構わない。


 だが――それと同時に男の中にはどす黒い影が広がりつつあった。それは歓喜と愉悦。理不尽を行う者達を屠り断罪の刃を振り下ろす度に愉悦の感情が男の中で生まれる。


――ああ、知らなかった。理不尽とはされる側には地獄だが、する側には快楽なのか。


 激しく怒りながらも男の中で冷静な自分がその感情を分析する。


「――あれは人間じゃない! あれは……あれはもう、本当の悪魔だ!」


 銃では止められないと思ったのだろう。誰かが車両に乗り込んで竜崎に向かってぶつけてくる。だがそれを躱すと車両ごとすれ違いざまに叩き切る。上下に分断された車両の中から血が噴水の様に上がりそのまま校庭の端に激突した。

 そして男は自分の中に湧き上がった感情を更に分析し、一つの結論を導き出していた。


――そうか。だから理不尽とは無くならないのか。


 そんな処で男の頭に銃弾が何発か当たる。その方向に顔を向けると若い兵士が顔を引きつらせて銃を撃ち続けている。年齢にして竜崎と同じかそれより若い青年だ。だがその青年に一歩、また一歩と近付いていくと途端に銃を捨てて愛想笑いを始める。


「な、な!? 俺はもうアンタを攻撃しない。だから、殺さないよな!?」


 そんな青年を見ても男の心は全く震えない。右手で掴んでいた巨剣を無造作に斜め下から切り上げる。その切っ先が当たる直前、青年は泣きながら悲鳴を上げた。


「い、嫌だ、俺は死にたくない!! 助けてくれ、母さ――」


 その声ごと切ると肉片が飛び散った。人の命を奪おうとしながら自分が勝てそうになければ簡単に命乞いをする――そんな者はきっと本当に優しい者をも食い物にするだろう。

 そして再び銃弾の嵐が男に向けて吹き荒れた。その風を物ともせずに男は真っ直ぐ進む。


――つまり人間が生きる限り、理不尽は絶対に無くならない。無くせないのだ――。


 ならば人間なぞ守る必要なぞ無いのではないか――そんな考えが竜崎の脳裏をよぎる。しかしそんな結論に至りそうになった時、胸の奥に今も残る温かい物に気が付いた。


 一ノ瀬マモルとその周囲で生きる人々。最初は嫌な事もあったがそれでも今では良い思い出だ。これまで生きて辛い思いばかりを繰り返してきた男にとってそれは救いだった。


 世界がどんなに理不尽だろうときっとマモルは変わらない。あの少年が自分を信じてくれる様に竜崎阿久斗も信じる。何故なら自分はマモルの『先生』なのだから。


 そんな思いが男の中を満たしつつあったどす黒い感情を押し退ける。それは波紋の様に広がっていく。人間は醜いがそれでもまだ美しいと思ってしまう。願ってしまう。


 やがて校庭の中で生きる全ての者が命の炎を刈り取られた後。

 戦士は天を仰いで小さく呟いた。


『――なあ、マモル……どうして人は皆、お前みたいに優しくなれないんだろうな……』


 ブレイド・ラグーン――竜崎阿久斗は美しい青空を見上げながら泣いていた。

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