2−6 『敵』の正体
「――なんなんだよ、これ……」
第二グラウンドの片隅で安藤少年は訳も分からず唸り声を上げていた。
只の避難訓練かと思ったらまるで違う。下駄箱で靴を履き替えて出た途端に見知らぬ外国人達に促されて訳が分からないまま狭い第二グラウンドへ連れて来られた。そこでは生徒だけでなく教師達も押し込められている。更に校庭の入り口では西洋人が見張っている。
不機嫌な顔で安藤が入り口で立つ男達を睨んでいるとすぐ隣に友達の石原、池田、それに真田がやってきてコソコソと隠れる様に耳打ちを始めた。
「……安藤、あいつら……銃持ってんぞ?」
「……あれ多分、アサルトライフル、って奴だと思う」
「……ってか英語喋ってるし、あの服ってなんか軍隊っぽくないか?」
「……マジかよ……くっそ、マジ何なんだよ、これ……」
それぞれの話を聞いて最後に安藤少年は再び唸り声を上げた。
とは言っても正面から尋ねたり話し掛ける勇気は無い。西洋人を前にしても英語なんて話せないから聞く事も出来ない。この現状を見る限りとても避難訓練とは思えなかった。
そして教師達も混乱している様で落ち着きも無く集まって何やら話している。その間も生徒達は訳が分からないままザワザワと身近な知り合いと文句を言ったり雑談している。
そうしてしばらくした処でようやく教師達に動きが現れた。
校長の元に西洋人が近付いて何やら話した直後マイクロフォンを手に生徒達の前に立った。気付いた生徒達が何を言うのかと黙り込んで様子を見ていると校長が口を開く。
《――あー、皆さん、静粛に!》
誰も騒いでいない中での一言目に生徒だけでなく教師達の中からも失笑が漏れる。だが校長は緊張した表情のままで汗を拭いながら生徒達に状況の説明を始めた。
《――えー今回の避難訓練ですが、実は校内に海外の凶悪犯罪者が侵入したとの連絡がありました。パニックが起きない様に配慮した上で避難訓練と言う形を取りました――》
その一言が流れた瞬間生徒達から一斉に『えーっ!?』と言う驚きの声が上がる。いや、この場合驚きと言うよりも『何を言ってるんだ』という呆れた声と言う方が近い。しかしそれも想定していたのか校長は慌てた様子も無く淡々と説明を続ける。
《――あー静粛に。現在その関係で、在日基地からも専門部隊が来ています。危険な為にしばらく帰宅出来ません。警護してくれますから皆さん、落ち着いて待ちましょう――》
しかし既に誰も校長の話を聞いていない。それぞれが友人達と話している。中には携帯端末を取り出している者までいる。そんなざわついた空気の中で文句の悲鳴が上がった。
「――うぇ、なんでー? スマホ圏外になってんじゃん!」
「――うっそー、今日塾なのにー! 試験勉強どうすんのよ!」
凶悪な犯罪者が侵入したと言われても生徒達にとって重要なのは先ず自分達の生活と予定を乗り切る事だ。いきなり非現実的な話をされてもそれは変わらない。しかしそんな中で安藤少年達と同じクラスの生徒達の顔が青褪めていく。そうしてとうとう我慢出来なくなったのか安藤少年を筆頭に周囲を見回っている教師を捕まえようと声を掛けた。
「――うん? どうしたの? 君ら確か、一年E組の生徒だよね?」
「先生、うちの担任と元担任、まだ理科実験室にいると思うんスけど?」
「あ、それと一ノ瀬も多分一緒に……」
それを聞いて見回りをしていた教師の顔が青褪め始める。
「え、担任って……清川先生!? それに元って竜崎先生だよね!? え、それに……一ノ瀬って、あの例の子!? 生徒まで居ないの!?」
「……ウッス……一ノ瀬は多分、先生らと一緒だと思います」
「た……大変だ!」
そして教師は『大変』を繰り返しながら校長達が集まっている場所に向かって走って行ってしまう。残されたE組の生徒達はそれ以上何も出来ずに居心地が悪そうに黙り込んだ。
*
一方、校舎正面にある車両の中では隊長格らしき男が無線で会話していた。停車している車両は全てエンジンをふかしたままでその声は聞き取り辛い。
「――そうだ。対象ミューをロスト。建物内にて先行部隊が対象ファイと遭遇、戦闘――いや、死者はゼロだ。しかしうちの選りすぐりがまるで歯が立たん。他の被検体と違い過ぎるぞ――ああ、デリバリーを頼んだ――分かった、予定通りミューは廃棄、オーバー」
それだけ話すと男は車両から降りてため息をついて歩き出した。その姿を見つけた兵士の一人が近付いてきて男の隣に並んで歩き始める。
「――隊長、この後はどうしますか?」
「ああ、リックか。ミューは廃棄だそうだ。被検体の中でも一番弱い個体で、上層部も最初から廃棄する前提で投入したらしい。死骸も残らんそうだから後処理が楽だな」
しかしリックと呼ばれた兵士はそれを聞いて僅かに顔を歪めた。
「……廃棄、ですか……キュートガールだったのに全く、勿体無い話だ……」
だがそんな軽口を聞いて隊長と呼ばれた男は足を止めると苦々しい顔を見せる。
「バカかお前は。あれは人を辞めたモンスターだぞ? 処分するのも他国に技術が渡っては困るからだ。あんなモノがキュートだとか、頭がイカレてるぞ? 全く、忌々しい」
「あー、いや……ですが隊長の娘さんも確か、同じ年頃なのでは?」
「うちのはハイスクールに通う只の人間だ。あんなモノと一緒にするな!」
不機嫌そうに呟く上官にリックと呼ばれた兵士は首を竦めるとわざとらしく敬礼する。
「今のは自分の失言でした! 作戦通り、第二突撃班を編成しスタンバイします!」
兵士が傍を離れ男はホロの付いた別車両に近付いて指示を出すと車両の前で立ち止まる。
直後胸ポケットからパッケージのくしゃくしゃになったシガーを取り出した。顔をしかめてその中からヨレヨレの一本を取り出す。火を付けて息を吐き出すと煙が宙を舞った。
「……娘のバースディだってのに……高く付きそうだ。全く忌々しい……」
深く煙を吸い込んでから吐き出した後、男は小さく呟いた。
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