1−5 報復
「――一ノ瀬汚いぞ!! 先公にチクっただろ、お前!!」
「そうだ、卑怯だぞ!! 俺らの事、大人に密告とかズル過ぎるだろ!!」
放課後の教室は既に他の生徒達の姿は無い。部活動をする者はとうに部室へ向かっているしそうでない者は帰宅の途へついている。そんな中マモルは窮地に立たされていた。
彼を取り囲むのはあの安藤少年。それに竜崎に睨まれた三人の少年達だ。担任にホームルームで暴露されて彼らは教室の中でも既に立つ瀬が無い。更に竜崎教諭が全てを把握していると考えた生徒達はマモルの受けた仕打ちについて友人と情報共有をしている。もはや四人の少年達はクラスの中でも一番信用されない最下層にまで落ちてしまった。
国内の学校で起こるイジメが解決出来ない原因の一つがこの『報復』だ。被害者と加害者を同じ空間に戻せば必ず起きる。報復が怖いから次に問題が起きても絶対に報告しないし表面化しない。更に追い込まれて取り返しのつかない結果に陥る。大人に相談した所為で余計に酷い状況になるなら二度と相談しないし大人への信用も完全に失われてしまう。
だが――この時の一ノ瀬マモルは違った。折れかけていた心はすんでの処で立ち直っていた。更に信用出来る男がいる事がその傷跡を更に強固で頑丈な物へと補強している。
教室の後ろの隅で頭と身体を庇いながらマモルが身体を小さくするとそこに四人から執拗な蹴りが次々に入れられる。しかしそれでもマモルは怒りに満ちた目で声をあげた。
「そんな事僕が知るかよ! てかお前らがやってたんだな!? コソコソと汚いぞ!」
少年の一言でむしろ少年達は一層激しく蹴りつける。対象が抗えば抗う程面白く際限なく加熱する。やがてマモルが無言になると苛ついた声で安藤が吐き捨てる様に怒鳴った。
「嘘付け、お前がチクらなきゃ、あの糞先公がどうやって分かンだよ!!」
「耳がいいとか嘘臭い事言いやがって、お前がチクってなきゃ分かる訳ないだろ!!」
そして口々に罵った後、最後に再び安藤が怒りを爆発させる様に怒声を上げる。
「お前みたいな片親のクズ、マジ死ねよ!! お前なんか生きてる価値ねーんだよ!!」
だが――そんな時、構内に設置されたスピーカーから突然聞き覚えのある声が流れた。放送前のチャイムすらならずにブツッと言うマイクスイッチを入れる音とほぼ同時にだ。
《――一年E組一ノ瀬、安藤、池田、真田、石原。教室で下らん事をしている事は分かっている。実力行使を受けたくなければ直ちに視聴覚教室へ出頭しろ。今すぐにだ――》
まるで軍事教練の様な口調。やけに冷静で低く響く声。少年達は身体をビクリと震わせるとみるみる顔が青褪めていく。暴行を受けていたマモルもぼんやりとした頭のままで一体何が起きたのか分からなかった。
「く、くそッ! なんでだよあの先公! ここが見えてんのか!?」
そう言いながら安藤は周囲と窓の外を見渡した。しかしこの教室は職員室や放送室から見えない区画の端にある。一年生の教室は四階にある為に窓の遥か下には校庭のグラウンドがあるだけで教室を覗ける場所なんて一切存在しない。
「ヤバイよ、どうする安藤? すぐ行かないと……」
「それにこいつ、どうする?」
慌てる少年達。その声に安藤が倒れたままのマモルを睨んだ。少しだけ考えるとマモルの身体を蹴って脅す様にニヤリと笑う。
「――いいかクズ。お前は勝手に転んだんだからな? 次チクったらマジぶっ殺す!」
そう吐き捨てると少年達は心底嫌そうな顔になって教室を出ていった。静かな教室で一人マモルがやっと身体を起こすとその顔には悔しさが滲んでいる。
「……くそ……相手が分かってても、結局僕は、駄目なのかよ……」
折角竜崎があそこまでやってくれたのに自分はそれを活かせない。そんな後悔と自嘲が少年の顔に浮かぶ。滲んだ涙を袖で拭うとマモルはノロノロと立ち上がった。痛む身体を押さえて汚れを落とす事もせず少年も視聴覚教室に向かって歩き始めた。
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