1−2 やってきた代理教師
市立櫻ケ丘中学校。一ノ瀬マモルの通う中学校は住宅地の中にある。家から歩いて二〇分程の処にあるから割と朝はのんびりと出来る。結構遅くに出た筈なのに通学路は他の生徒達が明るく雑談しながら歩いている。その中で少年は考えながら一人歩いていた。
担任は倉内と言う若い女教師で相談しても解決しそうにない。生徒と仲は良いが気弱で生徒に強い事を言わない。自分が担任のクラスでイジメがあると知れば卒倒しそうだ。
それに学校自体『イジメの無いクリーンな学校』を標榜していて実際にイジメがあっても何もしてくれない可能性の方が高い。時々相談する場面を見るが『気にし過ぎだ』だとか『君も悪い処があったんじゃないか』と言う諭し方をしている。教育委員会だって変わらない。大人は子供の人生まで考えない。かと言って一人ではどうしようもなかった。
これまでも現場を押さえようとしたがちょっと目を離した隙にいつもやられる。対策は出来るだけ自分の物から離れないと言う位しかなかった。
そして誰とも挨拶する事なくいつもの様に下駄箱を通り過ぎる。靴箱に置いておくと隠されるからカバンに入れて毎日持ち帰っている。袋から上履きを取り出して履き替えるとマモルはシューズをカバンに入れて教室に向かって行った。
しかし教室にはいるといつもと雰囲気が違う。特に女生徒達は黄色い声を上げながら何やら熱心に話し合っている。空っぽの机にカバンを置くと少年は聞き耳を立てた。
「――えー、ミカちゃんセンセの産休の代わりって、そんなイケメンの先生なの?」
「――職員室に若い男の人が入っていくの、トモが見たんだって!」
「――ミカちゃん、新婚でホワホワしてたもんねー」
「――うんうん、時々顔色悪かったし体調も悪いって言ってたもんね」
どうやら担任教師が産休で代理教師が今日やって来るらしい。特に若い男の教師らしく少女達は全体的に浮わついている様子だ。
ホームルームのチャイムが構内に鳴り響いてしばらくするとザワザワと雑談で騒がしかった教室の中が不意に静かになった。
廊下を歩く大人二人の影が窓越しに見える。そして教室の前の扉がカラカラと軽い音を立てると同時に大人の男が一人――教頭先生が入ってきた。
「……はい、皆さん。知ってる人もいるでしょうが担任の倉内先生が赤ちゃんを出産する為にお休みになります。そこで代わりの先生が来て下さいました――どうぞ、竜崎先生?」
そして教頭に促されて廊下から一人の男が続いて入って来る。大学生より少し年上に見える青年だ。その途端教室の女生徒達から嬉しそうなざわめきが上がった。
「――竜崎阿久斗、二六歳だ。短い間かも知れんが少年少女達よ、よろしく頼む」
だが男がよく通る声でそう挨拶した途端再び教室の中はシンと静まり返った。
余りにも教師らしくない。普通こう言う時は『皆』と言うのであって『少年少女達』と言う言い方はしない。それに何より口調も堅苦しくてまるで警察官や自衛隊員の様だ。
一拍の間を置いて再び教室の中が戸惑いにざわめき始めた時、教頭が苦笑して説明した。
「あー皆さん。竜崎先生はこれまで海外の大学で研究をされていらっしゃったので余り今の日本に詳しくありません。長い海外生活で変な言い方になる事も多いでしょうがそんな時は皆さんで先生に教えてあげて下さい。いいですか? それじゃあ……竜崎先生?」
「了解しました。見事彼らをまとめ上げてお見せしましょう」
「……あ、いえ、そう言うのは結構ですから。ええと、それじゃあお願いしますね?」
それだけ言うと教頭はそそくさと教室から出て行ってしまった。どうやら竜崎に対して苦手意識があるらしく素っ気ない態度だ。だが好機とばかりに少女達が質問を始める。
「――せ、先生! 竜崎先生って、独身ですかっ!?」
「うむ。俺は独身だ……と思う」
「え……思う、って……?」
「実は俺は記憶が無い。免許証しか持っていなかった。そこから身元を調べ教職員免許を取得している事が判明した。どうやら俺の経歴は優秀だったらしい。すぐにここに配属が決まった。そう言う訳だから諸君も俺に記憶が無い事は秘密にしておいて欲しい」
「……へ、変な先生……」
どうやら生徒達は冗談だと思ったらしい。苦笑しながらワイワイと雑談を始めた。新任の教師も生徒達が何故楽しそうなのか分からないらしく首を傾けている。そんな中でマモル少年は一人だけ別の事を考えていた。
「……竜崎かぁ……そう言えば『ドラグーン』って竜騎兵とかそう言う意味だっけ……」
今朝のテレビで流れていた映像が少年の脳裏に蘇る。その時のテロップにあったのを思い出して『悪の組織に所属する日本人』の呼び名がリフレインする。
悪の組織『ストライク・ケイジ』とはいわゆる単純な犯罪集団ではない。宗教的で狂信的な思想を持つ集団と言われたがその為にテロ活動を行っていた訳でも無かった。彼らの最大の特徴は先進的過ぎる科学力、バイオナノ・テクノロジーによる『変身』と言われる。
まるで子供向けの特撮やアニメの様に。更に彼らが戦った相手に民間人は一切含まれていない。軍隊やテロ組織以外には犯罪者ばかりでどちらかと言うと『正義の味方』に近い。
だから世界で言われる程日本では嫌われていないしむしろ興味を引いている。彼らが表舞台に立つ様になって『現実は遂にここまで来た』とネット界隈ではかなり好意的だ。
それに日本国内では活動が無く殆ど認知されていない。ネットニュースで稀に話題が出る程度でマスコミも普段は取り上げない。その為に本当に『別世界の出来事』だった。
――うーん、でもドラグーンって馬に乗って銃を撃つ人だし銃刀法違反くらいかも?
それでもやはりマモルにとってそれは魅力的な話だった。もしそんな力があればイジメをする連中を問答無用で叩きのめせる。最悪の場合は例え殺したとしても――そんな物騒な妄想に少年の思考が流れ始めた時、授業のチャイムがなる音が響いてきた。
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