第一幕 先生は、悪の組織の大幹部
1−1 目の前の現実
『――各国共同による連合包囲作戦により犯罪結社『ストライク・ケイジ』の壊滅が確認されました。日本の自衛隊も直接ではありませんが後方支援として参加しており、これに関連して国際協力の元、同組織絡みと思われる犯罪組織の一斉検挙も視野に入れると警視庁から発表がありました。又、同組織所属者には日本人も確認されており、通称『ドラグーン』と呼ばれる姿が紛争地域等で尖兵として破壊活動を繰り返し――』
テレビから流れる朝のニュースを聞きながら一ノ瀬マモルは憂鬱な気分だった。
中学一年になった彼は学校でイジメを受けている。それも今がピークを迎えた処だ。最初は少し変だと思っていただけだった。教科書が消える、消しゴムが失くなる、シャーペンの芯が見当たらない。しかし最近では完全に嫌がらせのレベルで冗談で済まない。
無いと思っていた教科書が窓の外に捨てられているのを見つけた時、イジメを確信した。下駄箱から上履きが消えるなんて当然の事で家からドリンクボトルを持っていけば中に何かを入れられていて吹き出した事もある。
今ではイジメの標的になっている事を自覚している。しかし誰がやっているのかが分からない。犯人を見つけようにもイジメは複数人がやっていてそれも連携行動を取っている。
証拠を見つけようにも一人ではとても見つけられない。こう言ったイジメはそうやって標的が困っている姿を眺めながらまるでゲームの様に楽しんでいる。遊び感覚だから罪悪感も無いし困って足掻けば足掻く程一層過酷さを増していく。もうどうしようも無かった。
「――マモルぅ? ちゃっちゃと食べなさいよ? 学校、遅れちゃうわよぉ?」
食卓でチビチビとトーストを齧っていると母親の声が聞こえてくる。それで少年は一層憂鬱な顔に変わった。
学校に行きたくないが母親を心配させたくない。特に一ノ瀬家は母子家庭で父親は早くに亡くなっているから事情は深刻だ。只でさえ片親と言うのは世間の風当たりが強いから何かあれば周囲の反応も冷たくなるし母親にも迷惑が掛かる。逃げるに逃げられない。朝食のトーストを齧るスピードも遅くなり誤魔化す様にテレビに視線を向ける。
そんな時朝のニュース番組でまるで特撮ヒーロー物の敵役の様な姿が映し出された。
戦闘中の映像らしく中央に映る姿はまるで日本の鎧武者の様な格好をしているが良く見ると爬虫類みたいにも見える。鱗らしい物がキラキラと太陽の光を浴びて乱反射している。例えるなら人の姿をしたドラゴン、とでも言うのだろうか。尻尾は無いがその特徴的な兜は竜が口を開けている中に顔がある様だ。だが顔も隠れていて目だけが光っている。
そんな怪人が突然腕を振るうと何も無かった筈なのに突然巨大な剣が現れた。幅広で恐ろしい長さだ。まるで盾の様に大きな刃でそんな物を片手で軽々振り回している。
その身体の上に突然火花が飛び散った。その瞬間怪人の視線が向いて映像の外へ向かって一瞬で姿が消える。そんな映像に被さる様に現地特派員らしい興奮した声が聞こえた。
『――えーあれが『ドラグーン』と呼ばれる怪人です! これは特撮ではなくて現実の映像です! ここ、サウジアラビア国境付近で起きた戦闘に突如現れた怪人が両陣営関係なく強制介入を行っています! 両陣営に対して停戦要求をしているとの事で、シリアやリビア、アフガニスタンと言った紛争地域の戦闘でも次々と介入している模様です!』
そこで映像がスタジオに戻ると今度はコメンテーター達がわいわいと話し始めた。どうやら過去の映像らしく何度も繰り返し表示されている。その上でテロップが表示されていて、そこには『壊滅した犯罪組織に日本人、その正体は?』と書かれていた。
どうやら先日連合軍が殲滅に成功したと言う犯罪組織の『ドラグーン』と呼ばれていた怪人の正体が日本人ではないか、と言う主旨らしい。その運動能力から元自衛隊員や機動隊員が挙げられるがそのどれにも該当する人物がいないと言う司会の言葉で締め括られた。
ぼんやりとテレビの映像を眺めていたマモルはふと考える。もしそんな力があれば嫌がらせしてる奴らを見つけだしてぶっ飛ばしてやるのに――と。
だがそんな妄想を振り払う様に頭を振ると悔しそうな顔になって小さく呟いた。
「……何が『悪の組織』だよ……そんなの、ガキ向け過ぎるだろ……」
そんな悪態を付くと再び少年はチビチビと焦げたトーストを齧る。そんな妄想をした処で彼の抱える問題は解決しない。妄想に逃げようとした事で一層現実を思い知らされる。
そうしていると洗濯をしていた母親がリビングにやってきた。
「マモル、あんた……って、マモル?」
「……ん、何?」
いつまでもテレビを見ながら朝食を食べている少年を責める様に声を上げるが母親の声は突然訝しげに変わった。それでマモルが顔を上げると母親は心配そうな顔に変わっている。
「……マモル、あんた、学校で何かあったの?」
「え……え、どうして?」
今一番聞きたくない探る様な一言にドキッとしながら少年は何とか平静を装った。男の自分がまさか学校でイジメを受けているだなんて知られたくない。自分はちゃんと学校で上手くやれていて母親が心配する様な事は何も無い――そう思っていて欲しい。しかしそんなちっぽけな意地も役には立たず母親は心配そうな顔で尋ねて来る。
「……だってマモル、目が座ってる。怖い顔してる。何かあったんでしょ?」
「え……目? 僕、そんな顔してた?」
それでマモルは慌てて自分の目元を押さえた。まさかそんな事でバレるとは思わなかった。どうやって誤魔化すか必死に考えていると母親は一番聞かれたくない事を聞いてくる。
「まさかマモル……あんた、学校でイジメられたりしてるんじゃ……」
「えっ……え、なに、それ……」
「だってうち、お母さんしかいないし。それで嫌な思いしてるじゃないの?」
そんな風に言って母親の顔が曇り始めた。
昔あった事だ。マモルが産まれてすぐ後に父親は交通事故で死んでしまった。父親は保険金を掛けていてそのお金のお陰で生活には困っていないが小学校の頃に喧嘩した時、相手の親に片親である事を指摘された事がある。その経験から世の中の理不尽を知って以降、少年は相手に片親である事を理由にされない為に頑張ってきた。それがこんな事で無駄になっては堪らない。マモルは顔を引きつらせて言い訳をする。
「あ、昨日の夜、遅くまで起きてたからさ!? だからちょっと寝不足なだけかも!?」
それで母親の顔が少しだけホッとした顔に変わった。
「え……そう? なら、良いんだけど……って、ちっとも良くないけど」
そして今度はお説教になりそうな気配に変わった。それでマモルは慌てて足元に置いたカバンを手に取って立ち上がる。テーブルを離れようとした時、置いてあるドリンクボトルが目に入る。持って行ってもどうせ嫌がらせされるから出来れば持って行きたくない。それでも母親のまだ少し心配そうな顔を見て少年は掴み取るとカバンに放り込んだ。
「そ、それじゃ、行って来るよ! そろそろ行かなきゃ遅刻しちゃうから!」
「……気をつけてね? 何かあったらすぐ言うのよ? 二人だけの家族なんだから」
「うん、分かってる! それじゃ、行ってきます!」
何かまだ言いたそうだが元気良く少年が言うと母親は言葉を飲み込んで笑顔に変わる。
それで少年が出ていこうとした時、テレビから明るい声が聞こえてきた。
『――次は地域のニュースです。先日発見された埠頭倉庫前のコンクリート陥没現場ですが警察は続けて調査を行っています。ですが現在も詳細は不明の様ですね』
『――人の形で陥没してたんですよね? ひょっとして例の犯罪組織の生き残りかも?』
『――怖いですねえ。警察は現在も何らかの事件と関連が無いか調査中との事です』
そんなコメンテーター達の無責任な笑い声を背に少年はもう一度『行ってきます』とわざとらしく元気な声で言うと家を飛び出して行った。
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