第2話 魔王と天使、転生する

温かいぬくもりの中、俺の意識ははっきりしないままゆらゆらと漂っているようだった。

こんな心地よい気分は未だかつて感じたことがない。

いつまでもこの微睡みに身を任せて眠っていたくなるほどに。

優しい温かい手が俺の頭を撫で髪を掻き分ける。

そのまま意識がだんだん遠くなっていって・・・


「ばぶっ!」


いかんいかん。

あまりの気持ち良さについつい寝入ってしまうところだった。

一体なんだというのだ、このまるで麻薬のような心地よさは。


それにしてもここはどこなんだ?やけに温かくていい匂いのする場所だが。


たしか俺は魔王として役目を終えてそれで


「ばぶばぶぶばぶー。ばぶ?(そういえば転生したのだったな。うん?)」


おかしいな。うまく声がでない。

それどころか俺の声はまるで赤子のような泣き声ではないか。

状況が受け入れられず混乱していると上から優しげな声がふってくる。


「あらあらどうしたの?目がさめちゃったのかしら?」


優しく細められた目で俺を覗きこんできた見たこともない巨大な女。

それなのに、不思議と目が合うだけでどうしてこんなにも安心するのだろうか?


俺は今この女を見上げていて、その女になぜか抱き抱えられている状態だった。

トントンと優しく背中を叩かれるとまた意識が遠くなっていって・・・


「ばぶっ!」


あ、あぶない。状況も分からずまた眠ってしまいそうになったぞ。

見知らぬ場所で安全も確保せずに眠るなど殺してくれといっているようなものだ。

恐ろしい強制力だな。強力な催眠作用のある薬でも飲まされたのだろうか。

魔王である俺に効くほどの薬とはいったいどれほどのものなのか。

神は俺の力はそのままだといっていたから俺に薬も催眠術も効かないはずだが。


未知のものに恐れおののいていると、女は俺を腕から離し隣に横たえた。

解放されてほっとする反面、なくなってしまった温もりになぜか寂しく感じて


「それじゃあ、オムツの交換をしましょうね。」


「ばぶ?(オムツ?)」


そういって微笑んだ女は俺の方に手を伸ばし


「ばぶ!ばぶぶぶ!(おい!どこを触っている!)」


「はーい。すぐ綺麗にしてあげるから暴れないでね。」


「ば、ばぶ!ばぶぶばぶばぶぶ!ばぶぶぶぶ。

(や、やめろ!俺は誇り高き最強の魔王だぞ!こんなことをしてただですむと。)


「あらあら。今日は元気一杯なのね。」


「ば、ばぶぶ。ばぶぶ、ばばぶばぶ!

(あ、やめて。お願いだから、そこはお願いしますから!)」


「ばぶーーーーーー!(あーーーーー!)」





わけも分からずいきなり始まった実際には数分にも満たないが、えらく長く感じた拷問に耐えきった俺はあまりの恥ずかしさにもう息も絶え絶えの有り様だった。


「ばぶ、ばぶぶばぶ。(もう、お婿にいけない。)」


終わった後に下ろされた場所は柵に囲まれた小さなベッド。

そこには先客がいたようで一人の赤ん坊が横たわっていた。


「ばふぶー。(お疲れ様ー。)」


「ばぶ?(誰だ?)」


「(私よ。あなたのサポート役に任命式された天使。)」


「ばぶ?ばぶばぶば?(は?なんで赤ん坊になってるんだ?)」


「(あなた人のこと言えないでしょうよ。ともかく念話にしてくれない?ばぶばぶ煩いわ。)」


む。それもそうか。話せないんだからわざわざ声に出す必要もないな。なんだか無駄に疲れるような気がするし。

赤ん坊、じゃなくてサポート天使の言うとおり念話で会話をすることにした。


「(それで?これはいったいどういう状況なのだ?)」


「(転生して赤ん坊になりました。終わり。)」


「(赤ん坊だと?)」


ふむ。そういえばたいていの生物は赤ん坊として親から生まれてくるのだったか。

魔王として誕生した俺は最初からはっきりとした自我があり、生まれたときから大人の姿だったから転生して赤ん坊になるなど想像してもいなかったな。

俺は能力はそのままとはいえ人間として転生したのだから赤ん坊になるのは当然のこと。

ということは、先ほどの巨大な女は俺を産んだ母親だということだろう。


「(なるほど。だいたい把握した。)」


「(あなた、こんな状況なのにずいぶん冷静ね。私はこの状況を受け入れるのに結構かかったのに。)」


「(赤ん坊になるなど、貴重な体験だと思えばどうということはない。)」


前世では赤ん坊の時期はなかったのだ。

せっかくの新しい人生なのだから、なにごとも楽しまなくてはな。

そう思えば例え不自由な赤ん坊生活も苦にはならないというもの━━━━


「はーい。二人とも。そろそろご飯の時間ですよー。お母さんのおっぱい飲みましょうね。」


「「・・・。」」


「(あんた、赤ん坊ライフを楽しむんだったよね?なにしれっと私を押しだそうとしてるのよ!)」


「(俺にも心の準備というものがある。)」


「(だからって私を犠牲にしようとしてるんじゃないわよ!)」


ギャーギャー言い合いながら、(念話なので本人たちにしか分からない)押し合いをしていると隣に寝ている天使の赤ん坊の体がふわりと持ち上がった。


「ばぶー!ばぶばぶー!?(いやー!なんで私からー!?)」


「ばっぶぶっぶー。(いってらっしゃーい。)」


連れ去られていくサポート天使を俺は悲痛な面持ちで手を振りながら見送った。

くっ、お前の犠牲は忘れない。



もちろんこの後、俺も同じめにあったということは言うまでもない。

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