うちの魔王様!

北ノ双月

幼少期編

第1話 プロローグ

「お疲れ様。魔王。」


たった今勇者たちに倒されて600年にも及ぶ生涯を閉じた俺は、気づけばこの世界に生まれる前にいた場所に立っていた。


「大丈夫かい?意識はしっかりしている?」


しばらく呆然としていた俺を心配したのか、うざいくらいに綺麗に整った顔がこちらを覗きこんでいた。


「久しぶりだな。クソ神。」


「酷いなー。その言い方。」


酷いといいながらも楽しそうにケラケラと笑うこいつはあの世界の創造神で、俺を世界に誕生させた張本人だ。


「それで?俺の役目は終わったはずだが。今さらなんの用だ?」


「そんなにツンケンしないでよ。今回は君にお礼を言うために呼んだんだからさ。」


こいつが俺を魔王として誕生させることになったのは、魔王という存在が人間たちの共通の敵となることで人間たち同士の争いを止めるためだ。

つまり俺はこのクソ野郎に汚れ役を押しつけられたのだった。


「そんな怒らないでよ。君には申し訳ないと思っているんだ。でも君のおかげで人間たちによる世界の破壊は防がれた。ありがとう。本当に感謝しているよ。」


「お前に礼を言われる筋合いはない。」


「とかいっちゃって。なんだかんだいいながら、きちんと役目を全うしてくれたし。もう、ツンデレさんなんだからー。」


「黙れ。」


相変わらずこいつはうざい。

ニヤニヤしながら指でつついてくる。

神といえども、もう消し炭にしてしまってもいいんじゃないだろうか?

こいつには長い間酷いめに合わされてきたのだ。

それくらい許されるだろう。


「ちょ、ちょっと待とうか。いくら僕でも君の攻撃を受けたら消滅しちゃうから。洒落にならないから!」


「大丈夫だ安心しろ。洒落ではなく本気でするからな。」


「安心する要素皆無なんですけど!?」


俺が手に魔力を込めると神は慌てだして「お、お礼!お礼特典をあげようと思っているんだけど!」と言い出した。


「お礼特典?」


「そう!魔王として役目を果たしてくれたお礼に、君を別の世界に転生させてあげるよ!」


「断る。」


俺は再び手に魔力を集めるのを再開した。


「ちょ、待って!な、なんで!?」


「俺はもう600年も生きてきて疲れたのだ。やっと終われると思ったら、いきなり目の前にうざい顔が出てくるわで正直イライラしていたところだ。それなのに転生させるといわれても迷惑だ。それにお前のことだからなにを企んでいるのかわかったものではない。」


「信用ないなー。でも安心して!君が今から転生する予定の世界は、どんな世界よりも素晴らしい娯楽が発展して美味しい食べ物で溢れた、神々の中でも有名な世界なんだ。慰安転生には最適なんだよ。」


慰安転生というのは初めて聞いたが、娯楽や美味しいもので溢れた世界というのはたしかに興味をそそられる。

俺はとりあえず手に集めていた魔力を消失させた。こいつを消し炭にするのは話を聞いてからでもいいだろう。


「そこはどんな世界なんだ?」


「お?興味を持ったね。その世界は珍しく魔法が発展しなかった世界でね、神々が去った後の世界なんだ。」


「ほう。それは面白いな。」


神の話を聞いてより興味を持った。

そんな世界聞いたこともないからな。


「でしょ?神の恩恵をなくした世界は普通は衰退をたどるんだけど、魔法に頼らなかったおかげか、その世界の人間たちは科学という技術を生み出し、他の世界よりも発展した面白い世界になったんだ。神の干渉がないぶん不安定な世界ではあるけど、独自の発展をしているから楽しむには持ってこいだよ。」


神の説明を聞いてもどんな世界なのか想像もつかないが、それはそれで楽しみでもある。

もう気持ちは転生へと傾いていて、神の言うとおりになるのは釈然としないが、魔王として殺伐とした生活を送ってきた俺にとって新しい人生を楽しむというのは魅力的な誘いではあるのは間違いない。


「どう?転生してみない?もちろん無理にとは言わないよ。でも転生するなら君の記憶は残してあげるし、君の能力も弱体はするだろうけど、基本そのままだ。まあ能力に関しては魂の問題だから消そうと思っても消せないんだけどね。君なら大丈夫でしょ。」


神はどうする?といって楽しそうに尋ねてくる。


「そうだな。お前の言うとおりなら転生してみるのもありかもしれん。しかし、なぜそんなことをする?お前になんのメリットがあるのだ?」


探るような視線を向けると神は肩をすくめた。


「最初に言ったと思うけど、本当に君にお礼がしたいんだ。君を送り出した僕がいうのもなんだけど、結構辛い役目を背負わせてしまったからね。罪ほろぼしだよ。」


「へー。」


いまいち信用できないが、まあ今回の話は俺にとって利点があるのでいいだろう。


「分かった。転生することにしよう。」


「そうか。それは良かったよ。次の人生は思いっきり楽しんでくるといい。」


「ああ。言われなくともそうするつもりだ。」


「うんうん。あ、それからこれはおまけだよ。」


そういって神が指を鳴らすと召喚陣が現れ、一人の翼を生やした少女が召喚された。


「・・・ほえ?」


いきなり召喚されて混乱しているのかポカーンと口を開けてずいぶんと間抜けな顔をしている。


「全く常識の違う未知の世界に行くんだからね。少しでもあの世界に詳しいサポート役が必要かと思って。」


「えっと。あの、なにがなんだか」


「大丈夫なのか?こいつ天使じゃないか。」


「あの、話を」


「大丈夫なんじゃない?仕事サボって対象の世界を一番観ていた子だし。」


「ちょっと。いきなり呼んで説明なしどころか放置プレイですか!?」


「仕事サボって、それって大丈夫じゃないだろ。」


「ねえ!聞いてます!?」


さっきからピーピーうるさいな。

サポート役がこんなので本当に大丈夫なのか?

転生する前から不安なんだが。


「うぅ。なんか理不尽なこと思われてる気がする。」


俺の心でもよんだのか、それとも神がまた変なことを考えたのか、不満そうな顔をしている天使に神はにっこりと微笑みかけた。


「今から君に任務を与えるね。」


「ええ!?いきなり!?」


「これから君には、任務を終えた魔王の慰安転生に着いていってそのサポートをして欲しい。」


神にそう言われた天使は口を尖らせて俺をじろじろと観察し始めた。


「魔王のサポートを天使がするんですか?それって分不相応なんじゃ」


「ちなみにその魔王は歴代最強で神と同格にまで上り詰めたんだ。分かりやすくいうなら私と殴り会えるくらい。」


「すいませんっしたーっ!!」


神の言葉を聞いた天使はすぐに美しいジャンピング土下座をきめた。

こちらが驚くほど凄い手のひら返しでもういっそ清々しいくらいの潔良さだった。


「土下座の上手い天使ってどうなんだろうな。本当にサポート役任せて大丈夫なんだろうな?」


「大丈夫じゃない?なんか面白いし。」


「大丈夫の基準は面白さなのか?」


不安は残るが、かといってなにも知らない新天地でサポート役を外すのもな。他にあてもないし。


「分かった。もういいから早くしてくれ。」


「はーい。えっと、転生先は地球の日本。一般家庭だけどお金には困らないように比較的裕福な家に転生させるね。家族仲のいい子供を大切にしてくれるような人を選んだから。二人はその家庭に双子として転生する予定だから。」


「分かった。」


「え、慰安転生先って地球の日本だったの!?嘘!嬉しすぎる!!」


隣で転生先を聞いた天使がよほど喜しいのかピョンピョンと跳び跳ねていた。

そういえば今さらだがあんまり説明も受けずにサポートにさせられたんだな。

今は本人は嬉しそうだけど。


「よし。準備ができたよ。そろそろ君ともお別れだ。」


「そのようだな。」


神の言葉に不思議な思いで頷いた。

魔王として生涯を閉じ、もうなにもかも終わらせたいと思っていたのにこんなことになるとは自分でも驚きだ。

配下ともそのように別れを告げたのにな。

俺は自嘲しながら転生を待っていると、神は神妙な面持ちで話しかけてきた。


「・・・ねえ。最後に一度くらい、僕をお父さんって呼んでみる気はない?」


なにを言い出すかと思えば。

俺は神の予想外の言葉に少し驚きに目を見張る。


「断る。俺はお前を一度も父だと思ったことなどない。」


「・・・そっか。うん、そうだよね。」


神は笑いながらそう答えた。

少し笑顔が寂しそうに見えたのは気のせいだ。

こいつに限ってそんなことはないからな。


「え、待って。それってどういう」


「よーし!それじゃあ慰安転生へ、行ってらっしゃーい!」


「アトラクションの見送りか!じゃなくてさっきのってどういう」


天使の質問は答えられないまま二人は地球へと転生していった。





「行っちゃったか。僕にいう資格はないんだろうけど、今度こそ彼に幸せな人生が訪れますように。」

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