第2章 経緯のご説明につきまして。
第8話 初めての共同作業(捗らない)
「お話って、どの位の長さをご希望なんですか?」
「長さ?」
私のアパートの最寄駅の前にある、パスタがメインの洋食屋で向かい合って座って、私は聞いた。
因みに最寄駅とは言っても、私のアパートまではまだかなり離れている。私はいつも、バスを使ってここまで通っていた。
「その、短編とか、長編とか。」
「あー……良くわかんないなぁ。話が終わるまで?」
メニューを眺めながら答える彼に、だめだこりゃ、と、私は内心呟いて、がくりとこうべを垂れた。宮本さんは、本当に本当の創作初心者のようだった。……それどころか、読書もあまりしない人のような気がして来たぞ……。
「おすすめある?」
「……ここに来たの初めてです。」
「はは。じゃあ、俺はこれでいいや。敷島さんどうする?」
「……同じので。」
「ふふ……いいね。思い切りが良い。すいませーん。」
何がそんなに楽しいのか、彼は今晩顔を合わせてからずっと、大変上機嫌である。店の看板メニューらしきものを選んだ彼に同調しただけなのに、褒められるのも謎だった。
会社周辺では、もちろん同じ会社の人間に見られてしまう可能性があるため、彼は遠く離れた場所を会合の場所に選んだ。
見られてしまえば、あらぬ疑いをかけられてしまう。そうなってしまえば色々面倒なため、私としても知り合いに目撃されるのは避けたかった。
ショートメッセージで伝えられた待ち合わせの場所は、手っ取り早く私の最寄駅。都心とはかなり離れたこの付近であれば、まず危険はないと踏んだのだろう。私はただの派遣でも、正社員である彼は他の部署の人たちとも面識がある。会社周辺では、それだけ顔見知りと鉢会う可能性が高くなってしまう。念には念を入れて、こんな辺鄙な場所までわざわざ足を伸ばしているのだ。
そこまでして、非常に利己的と言える手段を使っているとは言え、私に物語を書いて貰おうとしている。
彼にとって、その物語はそれだけ価値のあるものということなのだろう。
彼が嬉しそうなのも、そのせいなのかもしれない。
物語の長さを最初に聞いたのは、もちろん、どれだけの労力を費やさなければならなくなるのかを知っておきたいからだった。
私の書いた2冊目は、数ヶ月後に出版される。だが、そこで足踏みはしたくない。
ただでさえ、綾瀬さんとの次作の企画会議も決まったし、私は、この『罪滅ぼし』が、出来るだけ自身の創作のペースに影響を及ぼさないことを願っていた。
注文を取りに来たウエイターが去った後、私はカバンからメモを取るためのノートとペンを取り出した。
「へぇー……なんか本格的。」
……なんかこの人、いちいち調子狂うんだよなぁ……。
彼が楽しそうに身を乗り出して来たため、私はペン先を押し出しながら、少し仰け反って距離を取った。イケメンのキラキラ、眩しくて私が搔き消えそう……。
「じゃあ、取り敢えず物語の概要を教えてくれますか?」
「うーんとねぇ……。」
私の質問に、彼は一度目を閉じた。無言の間が居心地悪くて、私は手に持ったペンを、指の間で転がしながら待つ。
「……昔々、あるところに、小さな男の子が居ました。」
……危ない。思わずずっこけるところだった。
なんだ?昔話?童話?お話ってそっち系?
宮本さんのセンスが謎過ぎる。
「……男の子には、仲のいい友達が居ました。友達は、男の子より年上でした。男の子は、いつもその友達の後をついて回っていました。」
「あ、あの、すみません、宮本さん。」
申し訳ないとは思いつつ、語りを中断して質問を挟む。
「えと、昔って、どのくらい昔ですか?まず、舞台設定を教えてくれると助かるんですけど……。」
「舞台?」
「ええと……お話が、どういった世界で繰り広げられるものなのか、という部分を……。まず、ファンタジーですか?それとも現実の世界ですか?」
「ファンタジーなわけないじゃん。」
なんでそんな事聞くのお前バカなの?ぐらいの勢いで、鼻で笑いながら言われて、口元がひくつく。こっちは聞かなきゃわかんないに決まってるだろっ。世の中には、色んな『物語』のくくりがあるんだよっ。
「じ、じゃあ、お話が進むのは、どんな場所ですか?」
「場所……まぁ、色んな場所に行くけど。」
「えと、ざっくりと年代と地方をせめて……。」
宮本さんは腕を組んで、溜息を吐きながら椅子に背を預けてしまった。
んんー、なんでかな?なんで、コイツ物分かりの悪い人間だなぁ、みたいな雰囲気出してるのかな?そのヤレヤレ、みたいな態度はなんなんでしょう?こっちはそちらの頭の中にしかないお話を、理解しようと必死なんですけど???
……これが創作初心者との共同作業か……。これは、思ったより精神的にしんどいかもしれないな、と思い至る。
自分のこめかみがピクピクしているのを感じたが、私は内心の葛藤を口には出さずに、忍耐強く待った。
「数十年前……たぶん、60年代のアメリカ……。」
突然具体的な言葉を聞いて、面食らう。やっと出番の来たペンをノートに走らせ、書き留めた。海外が舞台とは……宮本さん、ハリウッドの映画とかドラマが好きなんかな。これは、私も少しリサーチしないと書けないかもな。
「普通の……田舎でも大都会でもない街で……子供たちは、公園で遊んでるような……。」
「……主人公は、男の子なんですよね?何才くらいですか?」
「男の子は……最初は小学生くらいで……友達は……3歳くらい上かなぁ。」
最初は、ということは、主人公の成長を追って描くものか。青春モノかな?
「主人公の特徴を、教えてもらえますか?」
「特徴……。」
「見た目でも性格でも、なんでも良いので。」
コツを掴んだ気のする私は、そこから少しずつだが順調に、彼が書いて欲しい物語の主要人物達のキャラクター要素を聞き出していった。
一人は金髪の癖っ毛の、元気な男の子。やんちゃで、生意気で、負けず嫌い。いつも笑顔で、時に騒がしい。一人っ子で、もう一人の男の子を兄貴分として慕っているけど、時々わがままを言って困らせる。
……ふむふむ、天真爛漫で、典型的な主人公タイプかな。
もう一人は、年上の男の子。黒髪で、背が高くて、よくモテる。リーダー気質で、あまり喋らないけどいつも友達に囲まれてる。金髪の子の面倒をよく見るけど、時折からかって遊んだりする。親は再婚で、血の繋がっていない兄弟がいる。
……なるほど。こちらは少し影のあるクールタイプかもな。陰と陽、正反対のキャラでバランスが取れててなかなか良いんじゃなかろうか。
聞き出してみれば意外としっかりとしたキャラ設定が出来ており、私は随分と感心していた。宮本さんて、全然そうは見えないけど、実はかなりクリエイティブなタイプなのかもしれない。最低でも、こういう設定を考えて、形にしたいという創作欲求はあるわけだ。当然、今までよりも親近感が湧いた。……そもそも共同作業で創作なんてした事ないし、なんかちょっと楽しくなってきたかもしれない。
……もしかしたら、宮本さんて経験が無いだけで、ちゃんと勉強すれば小説の一つや二つ、ぽんぽん考えて書けちゃう才能のある人なのかな。……見た目が良い上にそんなスキルあったら嫌味だな……とか考えた自分が卑屈すぎて、私は急いで思考を切り替えた。
「じゃあ、今度は、作品の分類なんですけど……。分類っていうのは、小説にも色々種類があって。例えば、ミステリとか、純文学とか……えーと、あとはライトノベル、児童文学、サスペンス……サイエンスフィクション……。」
「うーん……。」
他に何かあったかな、と考えながら項目をあげていく私の向かいで、彼も考えていた。ここまでの経験で質問を聞き返されるのは目に見えていたので、私はなるべく先回りして、彼が答えやすいように使うべき単語を並べて聞いていった。全て書いた経験があるわけじゃ無いけど、まずは彼の理想を聞かなければ先に進めないのだ。
「宮本さんのお話の中で、何が起こるか、何を描きたいかに呼び名をつけたいだけなんですけど……。その方が、私も見通しが立つので。」
「……あー……えっとー、あれ、あの、最近、映画も出てた……。」
こめかみに手を当てて、口ごもる彼。どうやら記憶の糸を手繰り、適切な言葉を思い出そうとしているらしい。
映画?最近の映画はあまりチェックしていないけど……何が出ていただろう?もしかして、コメディとか、アクションとか、そういう……。
「ボーイズラブ!」
「……はい?」
「そうそう、それ。あースッキリしたー、思い出せて。そうそう、ボーイズラブ。それそれ。そうやって呼ぶんでしょ?男同士の恋愛の話。」
……二回繰り返してくださったので、書き間違いでは無いらしい。
ボーイズラブ、略してBL。
「宮本さんって、腐男子だったんですか?」
「?なに?フダ?」
呆気にとられたままぽろっと聞いてしまった、本来なら非常にプライベートな質問に、しかし宮本さんは首を傾げている。んんん?どういう事だ???
「ふ、フダンシというのは、その、フジョシの男性バージョンという事で、その、だ、男性同士の恋愛モノに、萌えを感じる方たちのことで……。」
「モエ?エモいとかそう言う?いや、別に感じないけど。」
……んんーーーーー?ええっとーーーー?これはどーーーぉゆーーーことなんですかねーーーー???
「っていうかなんで『フ』を着けんの?」
「……ふ、は腐るって字を当ててまして……。」
「ぶっ!はっはっ!なにそれ!?腐る!?腐ってるって!あっはっは!!」
混乱する私の前で、宮本さんは非常に愉快に笑っていらっしゃった。いやそこそんなウケるとこ?
しかし、まぁ、なんと。
イケメンに、脅されて。
書かされることになるのが。
本人考案の。
BL。
マジか。
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