第9話 男に戻る方法を知ったオレです


 キンの言葉に京は一度思考回路が停止した。



「は?」



 そう言うのが精一杯だった。


 異世界転生という王道の展開を経験した。そこで転生先の人間となり、転生前に受けていた苦痛から解放されて平和に暮らす。それがオレの人生のセオリーじゃないのか。


 そう言いたかったが、京の口から出たのはたった一文字だけだった。



「すまない。混乱する言い方をした。京。この世界で男として生まれ変わり、生きたいという気持ちはあるか?」



 キンの言葉は京の脳内に余計にクエスチョンマースを増やした。


 余計混乱する。そう言う代わりに京は首を横に振った。



「馬鹿な事を言うなよ。そもそも、お前だって女に転生して十年くらい経ってるんだろ? 出来るならとっくにしてるはずじゃねーか。それをしてないって事はメリットが無いって事だろ」



 若干苛立ちを覚えながら話す京。右足を小さく足踏みし、キンに感情を伝える。



「ふん。意外と賢いな」



 鼻で笑うキン。それにより京の足踏みは加速した。


「で、あるのかよ。男に戻る方法が」



 笑うキンを睨みつける京。キンはテーブルに両肘を立てて両手を組んだ。



「結論から言えば、ある」


 キンの切れ長な目が京をとらえる。真っ直ぐ見つめるキンに、京はそれが嘘ではないと理解させるには充分だった。




「で、その方法は?」



「第一騎士だけが受注できるクエスト。『毒竜のつがいの同時討伐』。その時得られるたまを使えば、自分の求める性別として生きていけるらしい」




 キンの言葉を聞いて、京は足踏みを止めた。数秒の沈黙。京は自分の脳内でをイメージした。




「……。雄の方から剥ぎ取るのか」



 イメージしたのは守りたい二つの大事な玉。転生時に失った大切な相棒だった。



「シラフだろ。真面目にしろ」




 キンは、わざとらしいため息をし、組んでいた両手を離した。そして自分の右手で拳を作り胸元にあてた。



「そっちの玉ではなく、こっちの心臓たまだ」



 数度自分の心臓の位置を軽く拳で叩くキン。甲冑の金属音が三人の耳を支配する。



「紛らわしく言うんじゃねぇよ。男に戻れて、竜のつがいのタマって言ったら、アレしかイメージしねぇだろ」



 今度は京が大きなため息をした。二人のやり取りを見ていたギンがオドオドしながら双方を見る。



「その件については、自分が説明します。キョウさん」



 若干冷や汗をかきながら京を見るギン。京は視線をキンからギンへ移す。



「竜の心臓は、魔道士が使う杖の先端にある、水晶のようなものです。心臓と言っても、人間のような筋肉の塊ではなく、宝玉のような美しいものです。上位魔道士ほど、より強い竜の心臓を使い、魔法を使います」



 一度視線をカエデに送るギン。京もつられてカエデを見た。彼女の横には彼女の背丈とあまり変わらない高さの魔法の杖。そのてっぺんには美しい宝玉が装飾されていた。



「アレが、か」


 京の言葉に頷くギン。



「はい。あのお嬢さんのは、第四魔道士用の量産型だと思います。そして、今回キンとキョウさんが狙っているものは、第一魔道士でも、喉から手が出るほど欲しいもの。クエストは常時募集をかけていますが、条件が第一以上の騎士か魔道士が二人。そもそもクエストを受けること自体が現状では、不可能に近いんです」



 ギンの言葉に京は、自分がどれだけ高難易度のクエストを安易に受注しようとしていたのか理解した。キンと初めて出会ったきっかけとなったあの魔物を思い出す。あれですら倒せなかったものを、キンはほぼ一撃で仕留めていた。それ以上の魔物を自分が倒せるのか自信がなかった。


 京がカエデの杖から視線をキンたちに戻すと、今度はキンが口を開いた。



「現在、この国にいる第一騎士は私一人。その時点でこのクエストはほぼ不可能なクエストだ。だから、十年以上もこうやって女として生きていた。そう言えば、お前のさっきの疑問は解決に近づくか?京」



 キンの質問にゆっくりと頷く京。その反応に満足したのか、キンは優しく微笑んだ。



「二人での受注が条件だから、お前がこのクエストを受ける資格がなかった。でも、第一騎士が居ないだけで、第一魔道士ならいるんじゃないのか?」



 京の更なる質問にキンは苦笑した。



「まぁ。居ないことはないが、私の正体……初老の男が転生し、女尊男卑の世界で女として前線の方で生きている。この事を知らない相手とクエストをこなすには少しリスクがあるのではないかと思ってな」



 キンの答えに京は納得したかのように頷いた。再度カエデの杖に視線を送る。キンのいう毒竜はどのような心臓を持っているのか、そして、どれだけ美しいのか少しだけ興味が湧いた。


 そんな京を見たギンが二人の間に口を挟んた。



「上位魔物になればなるほど、心臓は美しく輝き、また、人間の魔力を最大限に引き出し、実力以上の結果をだしてくれますよ」



 京の行動から何となくだが察したギンが竜の心臓について補足する。彼が見せる、へりくだった笑みは今まで受けてきた女尊男卑の扱いを表現するのに充分すぎた。



「なるほど。騎士がその心臓を欲しがるとなると、金くらいしか価値がない。それをそんな危険を冒してまでやるってなると、逆に怪しまれるか」



 京の言葉にキンがさらに頷く。



「あぁ。そして、第一騎士同様、第一魔道士もこの国に一人しか居ない。私は彼女がどうしても苦手でね」



 再度苦笑するキン。京はその第一魔道士がどのような女で、あの女性受け抜群なキンが苦手意識を持つとなると、逆に興味が湧いたが、今はその話は脱線に繋がると考え、それ以上第一魔道士の女については触れなかった。


 一瞬だけ沈黙が三人を支配した。しかし、それが一瞬になったのは、キンが京を見つめながら口を開いたからだ。




「そこでだ、京。お前、第一騎士になれ」



 キンは右手を差し出し、全ての女性が恋に落ちるような笑みを浮かべながら京を見た。



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