第10話男に戻る方法を知ったオレです(2)



 キンのその美しすぎる微笑と言っている言葉があまりにもミスマッチだった為、京の脳内は一度バグを起こしたかのように考えることを放棄した。



「は?」



 本日二度目の一文字だけの返事。それはキンの中では想定内だったのか再度美しすぎる微笑を京に向けた。ミヤビが起きていたなら鼻血を出してぶっ倒れるだろうなと京は頭の片隅でふと思った。



「現在、第二騎士のお前なら第一騎士になれる可能性は充分にある。お前なら、私の正体も知っているし、ウマが合う。どうだ、悪くない話だとは思うんだが」



 美しすぎる微笑のまま首を傾げるキン。長い金髪がキンの肩を撫でた。


 京はキンの言葉に素直に首を縦に振ることは出来なかった。眉間にシワを少しだけ寄せた。本気ではないが、右手で拳を作りキンの思考と自分の感情を整理出来るように力を込める。



「そんな転生して一日のオレに無理難題ふっかけんなよ。ミヤビの説明でなんとかこの世界の設定は理解してるが、それ以上は何も分かってない。そもそも、この身体だって誰のものかも分かってないし、剣術も騎士の位に見合っていない。少し時間をくれ」



 ミヤビとのクエストを共にすることでわかった事。それは、自分はあくまでもこの第二騎士であった女性の身体を借りて生きている。


 恐らく転生前の女性の記憶として何となく剣を先程は扱えたが、ミヤビの方が一枚上手だった。そして、キンが倒したあの魔物は自分では歯が立たなかった。あの魔物がどれほどの難易度かはハッキリとは分かっていないが、キンが倒していた程なので第一か第二騎士限定のものではないか。しかし、自分はその魔物の皮や爪に剣を弾かれていた。今現在第一騎士昇格クエストに挑戦したところで命を落としてもおかしくないと京は考えた。


 京の言葉にキンはゆっくりと頷いた。それを合図にギンが一度席を外し、奥の部屋から紙を一枚持ってきた。その紙を京に差し出す。



「第一騎士への昇格クエストを受けるにあたっての条件と攻略ヒントです」



 ギンが差し出した紙を無造作に受け取り、目を通さずにサーコートの裏にある胸ポケットにしまう京。その態度で現段階では昇格クエストを受けるつもりは無いと察したキン苦笑しながらギンにコーヒーを淹れてくれと頼む。再度席を外すギン。




「脈ナシか。正直、今男に戻った所で魔力も使えない剣術も下手。そうすると、この子達にも愛想を尽かされて路頭に迷うだろうな」



「わかってるなら何故なぜ提案したんだ」




 京の間髪入れない質問にキンは先程の作った笑みではなく、心の底から鼻で笑った。それでも、美形のキンの笑みは女性を虜にするようなものであった。



「ふん。なに。今は戻るメリットが一切ないというのは確かだが、そのうちこの女尊男卑の仕組みがわかる時が来る。その前にお前の未来の選択肢を一つ増やしてやろうと思ってな。京」



 未来を見透かしたような笑いをするキン。その笑いが逆に京にその言葉が事実である事を伝えた。ちょうどその頃ギンがコーヒーを三杯運んで各自の目の前に置いた。一度コーヒーを口にする京とキン。二人のアルコールはとっくに抜けていた。



「随分と回りくどい言い方をするな、オッサン」



 女尊男卑の仕組みがわかる時が来る。キンのその言葉が京の脳内に妙に引っかかった。魔力と剣術で必然的にそうなったかのような言い方をミヤビはしていたが、実際は裏でなにかカラクリがあるのか。例えるなら、国のシステムでわざと女性のみ採用する事や、女性でしか受けられない資格や職業が重要視されているのか。その場でキンに尋ねたかったが、このような言い回しで言ったのなら、聞いたところではぐらかされるだろうと判断し、これ以上模索するのはやめた。



「歳をとると言い方がくどくなるんだよ、若造」



 年齢相応の口調。京は転生前の自分の会社の上司をふと思い出した。それくらいの年齢層のキンに自分はほぼ対等に話していた。転生前なら考えられないなと京は頭の片隅で考えていた。



「そう言えば、オッサン。その身体は誰のものか分かるか?」



 転生前の事を考えていたらふと思った事。自分もこの身体が誰のか分からないし同じ状況のキンも恐らくそうだろうと思い、興味本位と話題変えとして京はキンに尋ねた。キンはコーヒーを再度一口のみ、ソーサーにゆっくりとカップを置いた。組んでいた足を左右入れ替える京。サーコートがスカートのように揺れながら布が擦れる独特の音を出す。



「それがこの身体の記録があまり無かったんだ。元々、この世界は私たちの世界のように出生届や住民票のようなものが存在しないので曖昧なんだが、それでも情報が少なすぎてな。奇跡的に名前が近いのと転生前に私は剣道を少し嗜んでいたのでどうにか誤魔化している感じだ」



 話題が変わり、いつもの第一騎士のキンとしての美しい笑みを浮かべるキン。そう言えばキンの本名を知らなかったなと京は思い出した。



「名前が近い? 金太郎とか?」



 七割冗談で話すと、キンは少し目を見開いた。その間にややぬるくなったコーヒーを飲む京。


「驚いた。近いな。私の本名は金次郎きんじろうだ」



 どこかの勉強熱心な銅像と同じ名前と知った時、京は思わず吹き出してしまった。飲んでいたコーヒーが彼の手に盛大にかかる。



「マジかよ。冗談で言ったのにほぼ正解じゃないか。キンの方がよっぽどかっこいいぞ」



 京が吹きこぼしたコーヒーを拭う為にギンがテーブルの端っこに置いてあった台拭きを手に取り、テーブルを拭こうと右手を出したが、京がそれを断り、ギンから台拭きを半分強引に受け取り、自分の手を拭いた。その後、テーブルに多少こぼれたコーヒーを拭いた。



「人の名前をバカにするんじゃない。まぁ、この人の名前もほぼ曖昧で、金髪からキンと呼ばれていたらしい。恐らく、ちょうど死ぬタイミングが同じなのと多少の人格としての不具合が起こっても違和感のない人物がマッチングしたら転生が成立するんだろうな」



 不思議な現象だよなと付け足し空になったコーヒーカップとソーサーをギンに渡すキン。ギンがおかわりはと聞くが、キンはやんわりと断りそのままギンはキンの食器を奥の部屋へ片付けに行った。


「なるほど。じゃあ、オレが使っているこの身体もキョウコとかそんな感じの名前かもな」


 改めて自分の身体を見る京。グラマラスまでとはいかないが、無駄のない引き締まった身体。女性らしい曲線的なボディライン。男では想像できない肩をやや撫でる程度の長い艶髪。


 もしかしてオレ、美人じゃないのかと京はふと思った。しかし、目の前にいる超絶美人の第一騎士(四十五歳)と比較すると敵わないなと判断し、軽くため息をついた。



「一応、私がその女の所在について簡単に調べてみよう。名前とどこに住んでいたくらいなら分かるかもしれない。その方がその身体として生きていく上で多少誤魔化しがきくと思う」



 キンが立ち上がり、ギンが退席した方へ向かった。数秒後、二人が人数分の毛布を持ってきた。



「今夜は雑魚寝でいいならここで一泊するといい。私とギンは早朝から用事があるのでここで失礼する。起きたら鍵はかけなくても良い。ここにあるものを自由に使っても構わないし、特に片付けもしなくても良い。好きなだけゆっくりしていってくれ」



 少し雑に京に毛布を渡すキンとギン。両手で受け取るのを確認すると、二人は京に軽く会釈をし、部屋を後にした。

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