第8話 野郎三人で話すオレです
ギンと呼ばれた男はゆっくりと礼をした。しかし、京やミヤビたちに視線を合わせることは一切なかった。
「お、男?!」
最初に口を開いたのはミヤビだった。彼女の叫び声に京たちも我を取り戻し、改めてギンを見る。京の転生前の世界にも居そうな至って平々凡々な容姿の彼はミヤビの言葉に怯み、一歩下がった。
「良かったじゃないか。ギン。皆に料理を褒めてもらって」
キンがギンの肩を簡単に叩く。ギンはそれに愛想笑いをすると再度一歩下がった。
「あはは。それは良かったです。では、自分はこれで……」
とにかくこの場から離れたいという意思がヒシヒシと伝わる彼の態度。双子とミヤビはそんなギンをゴミを見るような目で見ていた。初めてこの世界で男性を見た京は一度話をしたいと思い立ち上がろうとしたが、それよりも早くギンが姿を消すことにより京は軽く尻を浮かせるところで留まった。
数分の沈黙。先に口を開いたのはミヤビだった。
「お料理が大変美味だったのは認めます。ただ、私はレディースパートナーを一人も作らないキン様が男と一緒に住んでいて、このように家に入れている。それが解せないのです」
本当はもっと言葉を選ばずに言いたいことが沢山あったが、第一騎士であるキンの手前、あまりにも汚い言葉は使えないと判断したミヤビはゆっくりと言葉を選びながら話した。それでも京は言い過ぎだと思い、再度軽く立ち上がった。
「おい、ミヤビ」
京のそれ以上の注意の言葉はキンが京の前に自分の手を向ける事により制した。
「いいんだ。彼女たちにはまだ刺激が強すぎたのかもしれない。それに、君たち、随分酔いがまわっているのではないか」
優しく笑うキン。それはこの世界のどの女性も虜にするような美しい笑みだったが、ミヤビと双子は既にアルコールが体内に巡り賞賛の言葉を口にする事はなかった。
「え? まだそんなに飲んで……」
飲んでないと思いますよ。
そう言おうとしたカエデだったが、既に顔は真っ赤になり、呂律が回らなかった。
次の瞬間、ミヤビと双子はアルコールの許容量を超えたのか、倒れるようにテーブルに伏せ、眠りについた。
「おい、お前ら!?」
京が軽くミヤビの肩に触れて揺らす。しかし、ミヤビはお構い無しに眠っていた。
「お前、コイツらに何した」
殺意を込めて睨む京。しかし、キンはそれを気にせず優しく微笑んだ。
「何も。ただ。この世界のワインに比べたら少しだけアルコール度数を上げただけだ」
再度ギンを手招きし、京の前に立たせるキン。ギンは恐る恐る京の前に立った。
「どういう事だよ」
「この世界の酒は主に赤ワイン。だが、アルコール度数は缶チューハイと大して変わらない程度らしい。そこで、私はギンに私なりのワインの作り方を教え、少しだけ……ビールよりも少し高いかな程度の度数のワインを作らせただけさ。それでも、転生前のワインよりも控えめだと思うが」
頼もしい夫だろと付け足し、ギンの肩を叩くキン。ギンは未だに京に怯えていた。
「ふーん。だから飲みなれてないコイツらがバタンキューか。んで、今シラフなのがこの野郎三人か」
食事をしていた大きめのテーブルから少し移動した所にある小さめのテーブルに三人は移動し、腰掛けた。未だにギンは京と目を合わせることはなかった。
「野郎三人という事は……。あなた様ももしかして……」
恐る恐る口を開くギン。やっと自分の意思で話した事に満足し、京はギンに手を差し出した。
「この世界に何故か女として転生してきた京だ。よろしく」
差し出された手をそっと自分の手で握り、握手するギン。俯いていた顔を僅かに上げて京の顔を見た。
「よろしくお願いいたします。キョウ様」
様はつけなくてもいいぞと返すと、二人は手を離した。そんな二人を見ていたキンは満足気に笑った。
「ギンは私が転生してきた日に私を助けてくれた命の恩人だ。この世界について何も分からなかった私に手を差し伸べ、衣食住を与えてくれた。もちろん、私が中身が男なのも実年齢と一致していないのも全て知っている」
キンの言葉に軽く会釈で返すギン。
「んで、二人は恋に落ちてケッコンか」
半分茶化すように笑いながら言う京。それに反論したのはギンだった。
「いえ。違います。確かに夫婦の誓いはたてていますが、自分たちはそのような関係ではありません」
どういう事だと言わんばかりに首を傾げる京。口を開いたのはキンだった。
「婚姻したらその男は女の所有物となる。という事は女の自由に使える。私はこの制度を利用して、ギンを私の所有物とし、まぁ、簡単に言うなら専業主夫のような立場にした。でなければ、こいつは死ぬまで家畜と共に生活しなければならない」
キンの言葉に京は改めてこの世界の女尊男卑を実感した。確かに、ミヤビたちが眠る前のあの表情。あれは同じ人間に対してする視線ではなかった。まるでゴミを見るような視線。しかし、ギンはそれに対してなにも言わなかった。
「先程はオレの仲間が失礼なことをしてすまなかった」
遅い謝罪をすると、ギンはゆっくりと首を横に振った。
「いいえ。お気になさらず。自分はこうやってキンに守られて充分すぎる生活を送っています。それに、この家から出たらあのような視線は当たり前です。むしろ、料理を褒めて貰えたので、彼女たちはとても優しいお嬢さんですよ」
苦笑するギン。京はそれ以上何も言えなかった。あの一瞬の出来事でも女尊男卑がどれだけ浸透しているのか実感し、身震いしたのにそれ以上に酷い差別や偏見の目で見られる毎日。魔力が無いのと剣術が下手なだけでこれだけ蔑まれるのか。京は納得できなかった。
「ところで、
京の言葉にキンがああそうだったと返し、一度ミヤビたちに視線を送る。彼女たちは起きる気配は一切なかった。
「ああ。そうだ」
先程まであったキンの優しい雰囲気は一切なかった。切れ長な目が京をとらえる。
「んだよ。改まって。そんなに大事なことかよ。まさか、男に戻れるとかか?」
半分冗談で言った言葉。しかし、キンはそれにゆっくりと頷いた。
「男に戻れる方法があるんだが、聞くか?」
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