第7話 第一騎士と食事をするオレです


 聞き覚えのある台詞を大声で叫ぶミヤビ。カエデに体重を預けていたモミジが引き離された事により尻もちをつく。



「だから言ったじゃない」



 強打した尻を擦りながらカエデを睨むモミジ。カエデは先程の獲物をロックオンした獣のような目から京と初めて会った時のようなおっとりとした表情に戻った。



「姉さんが可愛すぎるのがいけないんですよ」



 おかえりなさい、ミヤビちゃん、キョウさんと付け足し微笑むカエデ。ミヤビはカエデの頭を軽く叩いた。



「時と場所を考えなさいよ。カエデ」



 唇を尖らせるミヤビ。



「お前が言うな」



 すかさずツッコミを入れる京。尻もちをついているモミジに手を差し伸ばして立ち上がる手伝いをする。ありがとうと京に礼を言うと、双子はミヤビの胸元を見た。そこには二人と同じ装飾のブローチが飾られてあり、それに気づいたモミジはミヤビに抱きついた。



「ミヤビー! 無事にクエストクリア出来たんだ!

おめでとう! これでアタシたちと同じ第四騎士だね!」



 自分のブローチを外し、ミヤビと並べるモミジ。彼女の並んだブローチを見たミヤビは昇格したの初めて実感し、両腕が歓喜で震えていた。



「うん! こんなに嬉しいなら、もっと早くクエスト行けば良かった!」



 心の底からの笑顔を見せるミヤビ。彼女の笑顔を見た京は不思議と幸福感で満たされていた。



「ところで、お前たちはどうだったんだ?」



 京の言葉にモミジはミヤビから離れ、腰に装着していた布袋を取り出し、自慢げな顔をした。



「えへん。『極彩色な怪鳥の討伐』無事にクリアしましたよ!」



 これはその報酬ですと付け足し布袋を軽く揺らす。すると、金属がぶつかり合う音がした。



「怪鳥から剥ぎ取った羽も売ったのでかなりの額になりました。これで四人でちょっとした歓迎会と昇格祝いをしようかなって」



 カエデが普段と変わらない口調で話す。先程までの獣みたいなカエデはとっくにいなくなっていた。


 彼女の言葉を聞いて、京はキンの事を思い出し、ポケットからキンから貰ったメモ紙を取り出した。



「それは嬉しいが、今晩、キンから夕飯の誘いが来ている。双子も誘って良いって言われているが、お前らどうする?」



 メモ紙を二人に手渡す京。キンという名を聞いて二人は固まった。受け取ったメモ紙をまじまじと見て数回瞬きをする二人。



「はい?! キンってあの、第一騎士のキン様?!

なんで?!」



 モミジが悲鳴に近い声を上げる。メモ紙に書かれている住所と京には分からない何かのエンブレム。それが双子にキンが本物で招待を受けていると証明するには充分だった。




「いや、話すと少し長くなるんだが……」




 そう前置きすると、京はミヤビのクエストでの出来事を簡単に話した。キンの中身がオッサンであることは黙っていた。



「なるほどねー。でも、本当に初心者向けのクエストの場所に第一騎士が赴くような魔物が現れるなんて、ちょっと怖いわね」



 微かに恐怖で震えるモミジ。カエデがその恐怖を中和しようとモミジの手を優しく自身の両手で包み込む。



「恐らく、しばらくクエストの受注を中止すると思う。その金は生活費に充てろ」



 第一騎士様の奢り飯と付け足しミヤビに準備を促す京。モミジとカエデもそれにつられて簡単に準備をした。



「姉さん。キョウさんって不思議な方ね」



 ミヤビが服を何にすればいいか悩んでいるのを横目にカエデがモミジに話しかける。




「確かにねー。突然ミヤビの前に現れてしかも記憶が無いなんて」



「そうじゃなくて、彼女の人としての雰囲気よ。あんなに昇格を嫌がっていたミヤビちゃんをこんな簡単に嫌がらずに昇格させて。私たちが何年頑張っても首を縦に振らなかったじゃない」




 やや露出度の高い服を京に見せつけこれで行くと言うミヤビ。すかさず京が服を奪い取り、遠くへ投げる。



「ミヤビの一方通行な気もするけど……」



 京とミヤビのコントのようなやり取りを見ながら呟くモミジ。今日出会ったばかりとは思えないほど、二人の距離は近かった。



「それでもいいじゃない。漠然とお姉様たちを追いかけていたミヤビちゃんが一人の騎士を選ぶ。大きな進歩よ。姉さん」



 カエデがモミジに微笑む。彼女の長く、名前に負けない鮮やかな髪が揺れた。そのまま京たちの間に割って入り、服を選ぶ手伝いを始めた。



「それはそれで少し寂しいんだけどねー」



 モミジは誰にも聞こえない独り言を呟くと、カエデに続いた。







 ミヤビの洋服選びの議論から一時間、結局、騎士として招待されていたので着飾らず、普段の格好で行くことになった。


 そもそも、突然の誘いだったので、双子の二人も何も準備もしていないという事もあったので騎士としての制服でいいじゃないかとカエデがなだめたのだ。


 キンの家はそこまで遠くなく、偶然通りかかった荷馬車に乗せてもらい、想像よりも早く着いた。ビジュアルもミヤビの家と大して変わらずRPGゲームの村人が住んでいてもおかしくないデザインだった。



「さ、つ、着きましたよ……。い、行きましょうか……」



 荷馬車を扱う女性にチップを渡すと、声を震わせながらミヤビが前進した。両手両足が同時に出ていてぎこちない歩き方だった。



「何緊張しているんだ。さっき会ったばっかりだろ」



 京のため息にミヤビとモミジが大声をあげた。




「緊張するわよ!」



「そうですよ! キン様は国唯一の第一騎士。そしてあの凛々しいお顔立ち。何人もの女性がレディースパートナーを申し込んでも答えはNO。孤高の騎士なんです!」



 興奮気味に語るミヤビ。モミジも大きく頷いた。



「姉さんとミヤビちゃんはキン様の大ファンだもんね」



 カエデが半分嫉妬のこもった声色で補足する。それに気付いたのは京だけだった。



「……。そうか。それなら緊張する気持ちも分からんくはない」



 とりあえず入るぞと付け足し、京がノックし、最初にドアノブに触れた。ゆっくりと扉を引き、家の中を確認する。そこには、ミヤビの家と似たようなレイアウトの家具が並び、テーブルには沢山の料理が並んであった。



「よく来てくれた」



 テーブルに座っていたキンが立ち上がり、京が開けかけていた扉を開ける。軽く礼をすると、京はそのままキンに従い椅子に腰掛ける。



「そこの三人もほら、早く着席して共に食事をしよう」



 硬直していたミヤビの手を取り、京の隣に座らせる。手を取られたミヤビの顔は真っ赤だった。



「君たちは、はじめましてだな。キンだ。この度は私の招待を受けてくれてありがとう」



 右手を自分の胸に当て、軽く一礼するキン。それにつられ、モミジとカエデは深く膝を着いた。




「申し遅れました。第四騎士のモミジです」



「同じく、第四魔道士のカエデです。この度は私どものような低騎士にもご慈悲を与えて下さり、ありがとうございます」



 深く頭を下げる二人。そんな二人にキンは優しく頭を撫でた。


「そんなにかしこまる必要はない。今日は無礼講だ。食事を共に楽しもうじゃないか」


 両手を差し出し、二人を立ち上がらせるキン。彼女の意向を無下にしないように双子は立ち上がり、キンに笑顔を見せた。


 三人が席に着くと、キンが既に注がれていたワイングラスを手に取り、上にかかげた。



「今日は私の不注意で君たちのような可愛らしい騎士たちに怖い思いをさせてすまなかった。それと、第二騎士のキョウのおかげで剥ぎ取りも効率よくできた。その謝罪と感謝の今回の食事だ。遠慮なく口にしてくれ」


 乾杯と付け足し、全員が手元のワイングラスを掲げ、音が鳴るように重ねた。




「乾杯!」




 四人も同時に乾杯と言い、グラスを鳴らした後、中身を一口飲んだ。赤ワイン独特の葡萄とアルコールの風味が京の口をいっぱいにした。普段はビールかハイボールを飲んでいた京だったが、共に食べていた牛肉のステーキやビーフシチューなどにはこちらが合うなと思い、ワインを大事に口にする。


 ミヤビたちもなにも躊躇いなくワインを口にしていた。見た目は京の世界で言うなら高校生くらいであろう彼女たちは未成年ではないかと疑問に思った。



「この世界では十六で立派な大人のレディだ」



 京の視線に気付いたのはキンだった。それに京はなるほどと返し、再度ワインを口にする。転生前の世界でのワインよりアルコール度数が低めだったが、食事のお供にはちょうど良かった。


「ステーキもシチューも美味しいです! キン様! サラダでさえも輝いております! これは全てキン様が?」


 半分ほど食事が過ぎた頃、ミヤビがキンに向かって聞いた。モミジもミヤビに同調するような言葉を並べる。



「いいや。私は料理はどうも苦手でね」



 苦笑しながら首をゆっくりと横に振るキン。



「え?じゃあ家政婦でも雇っているのですか?」


「まさか、レディースパートナーが?」



 カエデとモミジの言葉にキンは再度首を横に振った。


「いいや。レディースパートナーも家政婦も私には不要だ。そうだ。この料理を作った人を紹介しよう」


 キンが部屋の奥の方に視線をうつし、手招きする。数秒後、そこには黒髪の痩せた優男が現れた。



「この料理を作った私の夫のギンだ」



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