脱獄とアンデット
《ノア視点》
私はイチローに隠れながら杖もどきを使っていた。 壊れないギリギリの魔力を込めて魔法を使っていたのにもばれていなかった。
向こうは完全に私のことを格下に見ていた。 だから、幻術で見せていた私と話していても違和感を感じていなかった。
ただ、殴ったのはこいつが魔法を侮辱していたから。
「本当に外道」
二度言った。
向こうの世界だと命は軽いものだった。 だからこそ、命は最も大切にするべきものであり、最も尊重すべきものだと私は思っている。
だからこそ、殴った。 他人の命を自分のために使う道具にしか思っていない相手には容赦しない。
「ありがとう」
手の中で限界を迎えた杖もどきがその形を崩していくのを見ながら、私はそう感謝の言葉を紡いだ。
完全に杖もどきが消えると先ほどまでクレアが持っていた杖を拾った。
元々私が使っている杖に比べると使い心地はいまいちだけれども、無理な使い方をしない限りは壊れることはないと思う。
「この杖、使いやすい」
「返しなさい! その杖は私のよ!」
「うるさい」
杖を起き上がったクレアに向けて『
風弾は殺傷能力は低くても、相手を弾き飛ばす力はすごく強い。
さっき、イチローに使っていた魔法と似たようなものだけれども、この世界の魔法と私がいた世界の魔法の陣が若干違っていた。
「だ、大丈夫か?!」
「ん? 大丈夫だけど、どうしたの?」
ジャラッと私の手首についている鎖半ばで切れた手錠の音が鳴った。
イチローが言っていることもわかるけれども、私はあの程度魔導士だったら、傷一つとしてつけることはできない。
「フフフッ、あなた達は私を怒らせたのよ」
数メートル飛ばされていたクレアは立ち上がりそう言った。
「へぇ、どうなるの?」
私はあえて挑発的な態度をとる。 起こったと言っているが、クレアはまだ余裕を持っていた。
それは、まだクレアにとって危機的な状況ではないということだ。
だから、私はあえて挑発的にして、クレアのすべてを出させることにした。
「来なさい! 我が僕ども!」
そう言うと懐から取り出した水晶のような魔道具を地面にたたきつけて割った。
水晶が割れるとそこに魔方陣が展開され、魔方陣の中からアンデットどもが現れた。
「ノア、あれってゾンビとスケルトンだよな?」
「いわゆるアンデット。 不死者を意味するアンデットだけど、ああいうのは魔導体がもとだから壊せば復活しない」
そう言って私は棍棒を石壁から作り出し、イチローに渡した。
「一応それ持ってて。 もしかしたらの時のために」
「それって、危ないってことだよな」
確認なのかそう言ってくるイチローに頷く。
目の前にいるアンデットの数は約20体。 この杖になれるには丁度いい数のアンデット。
「あぁ、これは逃げるための囮か」
いつの間にか感知できなくなっていたクレアの魔力。 それだけで、私とイチローの目の前に立ちふさがるアンデット達に同情の念が湧く。 たとえ、それが自我がない存在であっても、あの外道に使われることはないと思う。
「せめて、安らかに眠れ」
そう呟き私は聖属性の『浄化の
消したというより蒸発したに近いかもしれない。
「今のって、プリーストみたいな魔法?」
「大体そんな感じ、あのアンデット達は人の死体が使われいたしね」
「そんなこともわかるのか」
そう言われて私はもちろんと言った。 アンデットにされた人の死体はゆがんだ存在。 動かないものが事象を歪められて動く死体になっているから、その事象をもとに戻せばいいだけ。
いつもの私なら、アンデットと戦うときは燃やしたり、風魔法で切り刻んだりしているけれど、イチローの前でそんなことはできないから今回は歪んだ事象を元に戻す方法をとった。 事象を戻した反動で蒸発したみたいになるのは仕方がないけれども。
「そんなことよりも早くあいつを追いかけよう!」
そう私は言って、クレアの残した魔力痕を追って走り出した。
いきなり走り出した私の後ろを慌てながらついてくるイチロー。
この見たこともないクレアの工房を走り回る。 わざと変なところに魔力痕を残していて私たちに遠回りをさせているようだった。
「何かの準備をしている?」
今日は最も魔力が強まる日、満月だ。
私がいた世界だと難しい魔法を使うときは少しでも成功率を上げるために満月の日にしていた。
つまり、クレアは何か難しい魔法を使おうとしている。 それこそ、魔導士が何人か集まって使う儀式魔法に近い何かを一人で、いや、二人で使おうとしている可能性が高い。
そう思うと自然と走るスピードが速くなる。 タイムリミットはクレアが儀式魔法を唱えきる前までにクレアを仕留める。
それができなければ、私の予感が正しければ面倒くさいことになる。
「お、おい、ノア。 本当に大丈夫か?」
「大丈夫。 でも、もし危ない事になったら手伝ってね」
「もちろんだ」
若干息が切れているイチローはそう言いながらもしっかりとついてきてくれていた。
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