服と視線
朝、いつも感じていた気怠さと頭痛が嘘のように消えていた。 いつもなら、この頭痛に会社に行く気を削がれていたが、今は目覚めが良い感じがして気分が良い。
「すげぇ寝た感じがする」
時計を見ると朝の7時を指していた。 いつもと同じ時間に寝て、いつもと同じ時間に起きているのに今日の方が寝た気になれるのはなにか変わったことでもあったのかと思うがなにも変わっていない。
「それは良いとして、今日は会社が休み。 ノアの買い物もあるから忙しいのは変わらないけどな」
そうぼそぼそと呟いた。 今日の朝飯は卵の消費期限が近いことからハムエッグにすることにした。 高校生の時は卵を食べる必要性がわからなかったが、今なら卵の大切さに気付いた。
「ご飯炊くのは面倒だから、トーストにするか」
そう言うと、レンジの上に置いてある食パンを取り出した。 それをトースターの中に入れてトーストを焼き上げる。 今回はノアもいるので二枚同時に焼く。 いつも以上に時間をかけて焦げ目がつくまで焼いたら中はふっくら、外はパリッといったトーストが出来上がる。
トーストを焼いている間にハムエッグのほうを作り終えておく、それを焼きあがったばかりのトーストに乗せて完成だ。
「ノア、起きろー。 ご飯ができたぞー」
「うあぁー」
変な返事が返ってきた。 寝ぼけているのだろう、じゃなかったらあんな返事が返ってくるはずがない。
テーブルの上にさらに乗せたハムエッグの乗ったトーストを二つ置いて、ノアがロフトから降りてくるのを待つ。
「おー、いいにおいがするー」
半開きの目でロフトから降りてきたノアは、フラフラと今にもこけそうな足取りでテーブルまで来て座った。
♦
「よし、行くか」
さっきまでのノアとは思えないほどにしっかりとした雰囲気でそう言った。 まぁ、服はジャージなんだけども。
「よし、行くか。 じゃねぇよ、こっちはまだ準備できてねぇんだからよ!」
一人勝手に外に出て先に行こうとしているノアを呼び止めた。
「まだなの~」
ノアに思いっきり愚痴られているが、俺は今、財布に何円は入っているか数えている。 もし、財布に入っているお金以上の買い物をするとなると今にもマイナスに振り切れそうな通帳を使わなければいかない。 給料前って懐が寂しくなるよね。
とりあえず、今回服を買うだけならば財布の中にあるお金が無くなることはないだろう。
「よし、行こうか」
「私と同じこと言ってる。 っていうか、何してたのよ。 私よりも先に起きてたのになんで私より遅いのよ」
そう怒られたが俺は無視して家から出て行った。 その後ろをノアがついてくる。
少し小さいぐらいのスニーカーを履いて後ろをついてくる。
ジャージ姿のノアを待ちゆく人はついつい見てしまう。 ノアが虐待されていないかとつい疑われてしまうのだ。 つまるところ、俺が疑わしい目で見られてしまうわけだ。 ものすごく、ほかの人の目が痛い。
♦
ショッピングモールにやってきた俺とノアは急ぎ足に服屋に向かう。 ここに来るまでに、俺が思っている以上に針の筵になってしまっていた。 俺は、それに耐えることができなくて急ぎ足になっているわけだ。
「いらっしゃいませ」
服屋に入ると女性店員が元気のいい挨拶をしてきた。 その女性店員は俺とノアが目に入ると少し訝しむような視線を送ってきた。
俺は女性店員に何か言われるよりも早くノアを俺よりも前に押し出した。
「こいつに合う服を何点か見繕ってもらえませんか?」
と、そう言った。 もちろん俺が言っていることは店側からすればめんどくさいことこの上ないことかもしれないけれど、俺は女ものの服には疎い。
だから、俺が選ぶよりも店員に選んでもらったほうがノアに似合う服を選んでもらえると俺は思ったからだ。
「さて、どんな服になるのやら」
任せた俺の責任にはなるかもしれないけれども、今はノアが好むような服があればいい。
俺は、そう思いながらレディースの服が並ぶ店舗内をゆらゆらとさ迷いながらノアの服を選び終えるのを待っていた。
「ん、選び終えたみたいだな」
選び終えて俺を探しているのか周りをきょろきょろと見渡しているノアが目に入った。 少し俺は苦笑した。 その姿が迷子の子供の様でおかしかった。
「選び終えたか? ノア」
「やっぱり、動きやすい服が何着かほしいものだね」
「まぁ、また今度でいいんじゃないかな?」
ノアが持ってきた服はすべて試着済みですべて気に入ったようだった。
選んでくれた女性店員はなぜか気持ちよさそうにしていたのは黙っておくとしておく。
「思ったよりしたな」
会計をすべて終えて服の入った袋を持ちながら俺とノアは歩いていた。
ノアはジャージから薄い水色のワンピースに青めのジャケットを羽織った姿に変わっていた。 今は五月、気温も上がり半そで姿でもいいぐらいになってきたとはしてもワンピースは攻めただろうと思ったけど、これはこれで不自然ではなく似合っていた。
「なぁ、あれは何?」
家に帰っているとノアに服を引かれた。 ノアが指をさしたほうを見ると、警官が立っていて、黄色い規制線が張られていた。
何か事件でもあったのだろうか? あそこは、道が狭くて、薄暗い路地があるから何かに巻き込まれた人がいるのだろう。 そう考えてしまった。
俺に何かできることならば力になりたいけど、俺に力になれることは何もない。
「何かの事件でもあったんだろうな」
そうノアに言うと興味なさげに「ふ~ん」と言っていたが、目は何かの違和感に気づいているようだった。
俺は、その違和感というものが何かはわからなかった。
これが、のちに俺の人生を変える一つになるとは俺は思いもしなかったのだが……
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