月と語り

《ノア視点》


 夕日が眩しいほどに照りつけている。 イチローに連れられて色々なところを歩き回っている。

 イチローはすれ違う色々な人に挨拶をしたりされたりしていた。


「イチロー、本当にお前はお人好しだな」


 言うつもりのない言葉がポロッと溢れた。 

 イチローに聞かれていないかとイチローの方を向くと苦笑いをされていた。


「わかってるけど目の前で言われるとキツイなやっぱ」


 イチローに聞かれていた。 すぐに私は「ごめん」と謝ると「気にしてない」と返された。

 これだから、イチローはお人好しなんだと思う。 悪口や陰口を聞いても笑い飛ばしながらたしかにそうだなと言うんだろうと簡単に想像できる。


「あっ、そうだ。 ノア、ちょっと着いてきて」


 イチローに言われるまま、路地裏に入っていきそこから曲がったり、階段を登ったりして気がつくと高台に来ていた。


「ここさ、俺がよく来るとこなんだ」


 そう言われて、鉄柵があるとこまで出ると街が一望出来るところに出ていた。

 正面にある夕日が綺麗に輝き、眩しいほどだった。


「眩しい……」

「確かにな、でも、もうあと30分ぐらいしたら日が沈むから、これから綺麗になるぞ」


 イチローはそう言った。 日が傾いていくのが分かる。

 私から伸びる影がちょっとずつ伸びている。 オレンジ色だった空が段々と朱色に染まっていく。 少しずつ景色が変わっていく、私はその幻想的な景色に釘づけだった。 

 そして、太陽が完全に沈み夜が訪れる。 空は夜がふさわしいほどの闇だけど、下を見下ろせば、町の明るさが昼のように輝いていた。


「うわぁ~!」

「綺麗だろ、ここからの景色が俺は好きなんだ。 まるで、夜と昼の狭間にいるようでさ」

「そ、そうだな。 これだけ明るければ、夜道に困ることもないだろうな」


 子どもみたいな声が出たことを取り消すように咳払いして、少し早口でそう言った。

 イチローは、口元を抑えて笑っていた。 恥ずかしくなって頬が熱くなる。 ごまかすように空に浮かぶ満月に近い月を見た。


「もうすぐ満月か……」

「そうだな、綺麗な満月になるといいな」


 私のごまかしに律儀に乗ってきて空を見上げた。


「魔力が強くなるね。 満月だと」

「そうなのか?」


 イチローのその言葉に私はうなずいた。


「月は魔力を高めてくれる大きな魔道具みたいなもので、私たちの世界だと満月の時に儀式魔法を使うぐらいだったんだ。 この世界は魔力は少ないけど満月に近づくにつれて魔力が溢れ出していってるから間違いないよ」


 私はイチローにそう言うと分かったのかわかっていないのかわからないけど「そうなんだ」とは返してくれた。


「それでも、私の魔力は全然回復してないけどね」

「ふ~ん、今全体の何割ぐらい回復してんだ?」


 手すりに体重を預けながら街並みを見ているイチローがそんなことを言ってきた。


「二割ぐらいかな? あそこに倒れてたのは魔力切れで倒れてたんだし」


 そう言うと「そうか」とイチローは言った。 私は自分から聞いてきたくせに興味ないのかよ、と思った。

 そのまま何もなく二分ほど沈黙の時間が続いた。 先にこの沈黙を破ったのはイチローだった。


「あぁ……!! たくっ、こんなことも言えないのかよ俺は……」

「どうした? 頭でもおかしくなったか?」

「違う。 なぁ、ノア。 いつまででもいていいからな。 魔力が回復しきっても俺の家にいていいからな」


 そう言われ、一瞬何のことかわからなかったけど、理解すると自然と笑いがこみあげて来た。


「アハハ、わざわざそれを言うために黙っていたの? いいよ、いつまででもいてあげる」


 さっき笑われた仕返しだと言わんばかりに盛大に笑ってやった。 とてもすっきりしたし、すがすがしかった。

 イチローは自分が言ったことの小恥ずかしいようで口元に手を当てて顔をそらしていたけど、うっすらと頬が赤らんでいるのが町からの光でわかる。


「笑うなよ。 こっちだって恥ずかしいんだからさ」

「いいじゃん。 さっきイチローもさ、私のこと笑ってたじゃんか」


 私はそう言いながらもやっぱりお人よしだなぁと思ってしまう。 今、イチローが巻き込まれていることがイチローの運命を変えることになるとしても私はイチローの味方であろうと決めた。


「なぁ、明日、お前の服とか買いに行かねぇか?」

「いいね、明日仕事休みなんだ。 よかったね」

「まぁあな」


 今は忘れていよう。 向こうからアクションを起こさない限りこっちから手を出すものではないし。 それに、向こうが何かしてきても勝てるだろうし。

 私はイチローに今は言うべきことじゃないなと片づけて帰ろうとしているイチローの後ろについて行くのだった。

 本当に向こうがイチローに手を出してきたのなら殺すと胸に誓いながらいつもと変わらないようにイチローに何が食べたいというのだった。


(あぁ、ほんとにいらないものばかりつけて帰ってくるね)


 そう心の中で呟いて、イチローについているものを握りつぶした。

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