認識と相談

 仕事は昼休憩を迎えた。 俺はユメを誘って、近くのランチをやっている喫茶店にやって来た。


「で、どうしたの。 イチロー君?」

「ん、あ~どこから説明すればいいのかな?」


 昨日拾ったノアの事を一からどう説明していいのかわからず、話を切り出せない俺だった。


「ねぇ、もしかして乃愛ちゃんのこと?」

「へぇ?」


 何を言われたかわからなかった。 理解して、トンカチで殴られたかのような衝撃がきた。 

 ユメはノアの事を知らないはずだ。 それなのに、ユメはノアの事を知っている。まるでノアが

 そこまで考えがたどり着き俺は魔女というものがどれだけ危険であり、恐ろしいものであるかを理解した。 それまでは漠然としたものであり、ノアに昨日見せられた箸の先から出した火の玉もどこか現実離れたものだと認識していたことも分かった。

 だから、俺は恐怖した。 ノアの恐ろしさに、そして、ノアの得体の知れなさに。


「お~い、大丈夫? イチロー君」


 ユメの声で現実に引き戻された。 でも、よかった、あのままだと俺は一人で考え込んで危なかった。 でも、目の前にはユメがいる。 懇切丁寧に説明すれば分かってくれるはずだ。


「じつ――」

「もしかして乃愛ちゃんになにかあったの?」


 遮られるようにユメはそう言った。 まるで、俺がこれから何かを発言しようとしているのかを知っているかのように……。 いや、そんな風に考えたらだめだ。 たまたま、重なっただけだろうしな。


「あっ、そう言えばさ、乃愛ちゃんがね。 イチロー君のこと最高のお兄さんだって前に言ってたよ」


 もう一度爆弾が落とされた。 ノアは俺の妹になっていた。

 

「なぁ、ユメ。 早退してもいいか?」

「ん? いいよ、イチロー君が担当のところは別に急いでないからね。 乃愛ちゃんのことが心配? なら、早く行ってあげなよ、イチロー君」


 ありがとうと言って、テーブルにランチ代とコーヒー代、もしかしたら足りないかもしれないから余分にお金を置く。 そして、カバンを抱えて、駅に向かって走り出した。 

 今すぐに聞きたいことがある。 ただそれだけのために走る。 怖い相手、恐怖感を覚える相手、そんなことはどうでもよくなっていた。 



「おぉ~、早いなイチロー」

「うっせぇよ、ノア!」


 声を張り上げた。 隣人は今はいない事を知っているからわざと声を張り上げた。


「お前何をした」


 ここまで走って来たから息切れを起こしている。 少し歯切れの悪い言葉になったけども関係ない。 ただ、それでもわからないのかキョトンとした顔になるノア。

 しばらくすると何か思い当たる節があったのか、「あぁ!」と手を叩いた。


「すまん、私がお前の妹として他のものに認識させる魔法使ったこと伝えるの忘れてた」

「お前なぁ!!」


 さっきよりも大きな声に驚いたのかビクッとなるノア。 そして、ばつの悪い顔に変わる。


「うぅ、いきなり認識を変えると怖くなるのは知ってはいました、はい」


 もう完全に怒られているのが分かって縮こまってしまったイヌのようだった。 その姿を見ると怒る気が完全に失せてしまった。 ただ、その姿がおかしくて笑ってしまった。

 笑っていると逆に縮こまっていたノアがいじけてしまったのが、更にツボってしまった。


「なぁ、イチロー。 私を捨てる気か?」


 散々笑って、ノアもいじけから元に戻った時に突然そう言いだした。 


「帰って来た時はそのつもりだった」


 そう言うと、今度は捨てられた野猫のようになった。 俺は「過去形だから」と続けた。


「でもさ、お前のいじけた姿を見てさ。 魔法がなかったら普通の女の子なんだなって思ったんだよ、だから、捨てない」


 そう言って、ノアに笑いながら。


「でもさ、認識を変えるみたいな魔法の時にはいってほしいな」


 そう言った。 今回はノアの伝え忘れから始まったことだけど、それでも、その認識を変える前に少しは俺に言ってほしかったと俺は思っている。 

 そのことに関しては悪く思っているの様で「悪かった」と小さく言っていた。

 

「どうする、まだ夕方だけど、少し散歩でもするか?」


 そう言うと頷いたノアだった。

 散歩と言っても近くの公園まで歩いて、帰るという走る時間がない時にすることだけども、今回は特別。 ノアに小さくてもこの世界を見てほしいと思っているから、散歩に誘った。


「そう言えばノア、服それしかないのか?」

「これしかないよ、最初に出会った人に買ってもらったものだけど」


 言語を覚えるために記憶を見られたという気の毒な男のことだろう。 その男に買ってもらったのがジャージって、よかったね、何もされなくて済んで。 いや、本当にマジで。


「それじゃあ、今度別の服を買わないとな。 それ一枚だと、洗えないだろ?」

「そうだな、私もこの服のスペアが欲しいところだった」

「いや、その服のほかにもしっかりとした服も買うんだよ」


 苦笑いしながらそう言うと「動きやすいからいいだろ」とノアは言う。 それに対して俺は、その格好だと外も歩けないほどだぞと脅かす。

 そんなことを言い合いながら、俺とノアは外に出ようとした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る