第29話 実菜side これから
私としては、とても緊張した一日の始まりだったと思う。
いつからかしっかりと女の子らしく、それでいて恋人のために常に可愛くありたいという気持ちが少し薄れていて、尚且つ時間の面でもルーズになっていくなど怠惰極まりない自分となっていた。
そんな自分を一新すべく、覚悟を決めてこれまでの女性らしさを持つ長い髪を切った。
自分の中で大きく自分を変えようとし、その後初めてとなる駿と二人だけの時間。正直緊張しないのが無理だと思う。
駿は私と別れてからというものの周りの女子人気がすごく増して、いつからか私以外の女の子がいつも駿の近くにいる。
でもこれは私が気づいていなかっただけで、駿はそれだけの魅力を持っている人だった。そもそもがそんな彼の魅力を知ったから私自身惚れたわけだし、その出会いが誰よりも早かったから彼を恋人にできていただけ。
彼も彼で誠実だったから脇目も振らず私を彼女にしてくれていた。
でもそんな恋人がいる男子という名目がなくなれば、彼自身にアプローチをかけるのをためらう必要がない。
だから、今日はそんな私に訪れた久々のチャンスだった。
自分から色々頑張って見たかった。
いつもはあまり緊張しなかった彼の家のインターホン前で何度も吸って吐いてを繰り返した。
呼び出してから、部屋に上がるまでの階段すら、緊張してなかなか彼のほうを向くことができなかった。
ただ、変わってしまった関係の中でも彼の部屋で作業をしている時は昔のように戻れたような気持ちを抱けた。
極めつけはあの写真。
……まだ、持っていてくれたんだ。
今もなお私の部屋にも飾られている懐かしき中学時代の写真。
私の中で幸せの絶頂期とも言える時間。そんな写真を彼は未だに飾っていてくれた。
それに対して私は、少しばかりの期待を抱いてしまった。
「ねえ、駿がもし今この写真の頃の自分に言葉をかけることができるとしたら今のあなたは何を伝える?」
私が彼に問いかけた質問。
これは、私が今後駿に対して恋という感情を抱いたままでいいのか、それを彼に問いかける意味での質問だった。
私は過去の自分を変えたいという望み、叶わない願いだけれどそれでもそうしてでも自分を変えて彼との人生を考えています。そういう気持ちで答えたように、彼は彼で私の問いかけに対し、
「俺はどうだろ、後悔しない行動をしろよって伝えるかもしれない」
そう答えてくれる。
これは私側の都合のいい解釈なのかもしれないけれど、この回答は私との別れに対して少なからず後悔の念のようなものを抱いてくれているのだというように考えた。
それなら私は、まだ諦めない。
たとえそれが一抹の望みであったとしても、そこに一抹の希望があるのならそのための私なりの変化を起こすことはきっと悪いことじゃない。
変わらなきゃ、そして彼にとって私の存在が過去ではなく、今として、これからとして見てもらえるような人になりたい。
これまでだったら考えなかった、誰かのための自分の変化をしっかりと考えさせられる。
それに、私は聞いてしまったのだ。
彼がキッチンへ飲み物を取りに行ったあと、樹と悠里と二人で他愛もない話で盛り上がった後にお手洗いに立ち上がり一階へと降りた時、帰りがけに美織さんと駿の会話が聞こえてきた。
「じゃあさ、今の駿くんの心の中に実菜ちゃんはもういないの?」
気づいていないはずなのに、私がここにいると知っていて聞いてきたのではないかそう邪推してしまうくらいにはタイミングの良い問いかけだった。
「少なからず今はまだどこかに実菜はいると思う」
間を置いたものの、彼の口から紡ぎ出された音の葉は、私の心へすんと入り込んできた。
先ほどの『後悔しないように』という彼の言葉もあったことでより自分の考えに自信が持てた。
都合の良すぎる話だと思っているけれど私は駿のことが好きだし、今はまだ彼女たちに取られたくないし諦めたくはない。
だから私は、彼をしっかりと諦められる理由ができるまではちゃんと自分がしたことと向き合いながら好きでいたいと思っている。
駿に私を見てもらえるように、頑張ろう。そう心に決めた。
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