第27話 過去の自分たちへ


 準備といっても特段大掛かりの準備をしようというわけではない。


 本日食べるものや飲み物は、ある程度目星をつけて注文をするなり、買いに行くなどは事前に済ませておいたこともあって今から準備するような食事などはない。せいぜいお菓子や飲み物を部屋に運ぶ程度のものだろう。


 じゃあ俺らが今日の準備を行うものは何かと問われると簡単な部屋の装飾と、簡単なパーティグッズの買い出しくらいだろうか。

 

「じゃあ、まずはこの文字壁に貼り付けちゃおうぜ」

「ええ、わかった」


 お互いにそれぞれの担当区分を決めて、『Happy Birthday!』と書かれた文字を一枚一枚壁に貼り付けて行く。

 俺はそれと並行して少しだけ部屋のものを整理していく。


「これ……」

 

 部屋の整理のために少し実菜から目を離していたら後ろから彼女の声が聞こえる。

 思いがけず振り返ると、彼女が手に持っていたのは一枚の写真だった。

 

「ああ、なんだか懐かしい写真だな」


 それは中学の卒業式の後二人でそのままの制服姿で撮ってもらった写真で、なんとなく棚の上で飾っていたものだった。

 

「ええ、なんだかこの頃はとても幸せそう」


 懐古の念なのだろうか、遠い過去を見ているようなどこか寂しげな表情で彼女はその写真を見つめている。俺の言葉に返事はしているもののその回答はどこか上の空といった様子だ。


「幸せ……か、確かにな」


 お互い目線が相手に行ったままのところを抜き取られ明らかにお互いを意識しているのがわかる。


 どちらかが異常に目立って可愛いとかかっこいいとかそういう類の話なのではなく、単純にお互いがお互いを意識しているというのが丸わかりの写真なので、個人的にはこういうふとした瞬間に切り取られたお互いの素のような部分に愛着が湧いたのだ。


「ねえ、駿がもし今この写真の頃の自分に言葉をかけることができるとしたら今のあなたは何を伝える?」


 難しい質問だった。


「私はね、もっとそばにいる人を大事にして自分をもっと見つめ直しなさいって伝える」


 ひどく含蓄ある言葉だと思う。

 それはきっと少し前の俺自身であればとても彼女に対して尊敬や関心の気持ちを抱いて感謝の言葉を伝えていたのかもしれない。

 だけど今の俺にはきっと彼女にとって懺悔のような心の嘆きのように聞こえてくる。


「俺はどうだろ、後悔しない行動をしろよって伝えるかもしれない」


 絞り出したような答えはある意味じゃ逃げの言葉だった。

 いくらでも解釈のしようがある言葉で、実菜にとっても俺にとっても好きなように解釈ができる。

 

「そう……なのね」


 実菜がどういうように受け取ったかはわからない。


「ああ、じゃあ続きをしちゃおうか」

「ええ」


 残ったパーティグッズなどを買いに行くべく一旦外に出ることになった。

 

「なんか不思議な感覚ね」

「ああ」


 今は既に恋人ではなくなってしまった俺らが二人で買い物に行くということに違和感を感じてしまう。


 これまでは恋人として歩いたことのある道を関係が変わった俺らが歩く。

 初めての出会いから一足飛びで恋人になった俺らは友達という期間を多く経てはいない。

 

 今の俺らの関係を適切に表している言葉はなんなのだろうか。

 元恋人と呼ぶだけでなく、今後はその関係の名をしっかりと決定づけることができればいいなと素直に思ってしまう。


 せっかく紡いだ関係をゼロになんてしたくない。

 そんな俺の気持ちはわがままなのだろうか……。


「ハッピーバースデー! 悠里!」

「おめでとう!」

「二人ともありがとう!」


 部活動を終え、一旦着替えなどを済ませた樹と美織と悠里の三人はそのまま三人で家までやってくる。

 俺と実菜の二人は準備をきっちりと終わらせる事ができた。


「悪いな二人とも、準備二人に任せきりになっちゃって」

「そんなに手間でもなかったから大丈夫よ」

「実菜の言う通り、ある程度の準備は省けている分楽だったし問題なし」

「そう言ってくれると私的にも罪悪感は薄れるから助かるかな」


 一度帰ったであろう美織は黒のショートワンピースに身を包んでやってきたわけなのだが、正直本日の主役である悠里以上に華やかな印象で、ある意味目立ってしまう。


 それに本人も気づいているのか先ほどから拳を強く握りぐぬぬという声が今にも聞こえてきそうだ。


 ここは気づかないふりをしてあげるのが友達としての優しさだろうか……。

 俺は何も見ていないふりをして、みんなの分の飲み物を用意するべくキッチンへと移動した。



 



 

 

 

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