第26話 追憶のバースデーパーティ
夏休みに入ってまだ少ししか経っていないのに何故かここ何日間の内容が濃すぎる故にまだこんなもんしか経っていないのかと拍子抜けしてしまう。
というのもだ、本日、八月の十日は児玉悠里の誕生日である。
去年は実菜を含む総勢五名で行われたこの誕生日会は、今年も例に漏れずその五名で行われることとなった。
俺としてはまだやりにくいものを感じるものの、それは向こうだって同じ。
それでも同じ友人を祝いたいという思いは変わらないため実菜も参加の意を示した。
ちなみに去年は俺の家で、それも俺と実菜で準備を行い誕生日会が開かれた。いくら夏休みで時間があるとは言え俺と実菜以外のメンバーは部活動がある。それを考慮したら今年もそういう形で開かれることとなったわけなのだが…………。
「まあ、気まずいよな」
これから実菜がその準備のために俺の家に訪れることとなる。
いくら誕生日会を祝うために集まるとは言え、あくまで俺と実菜は元彼氏と元彼女の関係性だ。これが気まずくないわけがない。
付き合っていたともなればお互いこの部屋にもある程度思い入れもある。去年はまだ仲の良いカップルだったとは言え今は違う。どんな話をしてどんな気持ちで三人が来るまでの数時間を過ごせばいいのだろう。
そんな今更考えてもどうしようもない悩みをどうしても持ってしまう。
————ピンポーン。
無情にも家のチャイムが鳴り響く。
今この家には俺しかいない。つまり訪ねてくる相手も自然と実菜に絞れてくるわけであって、心の準備のようなものもできないまま実菜を迎え入れることとなった。
「夏休みに入ってから会うのは初めてになるわね」
「そうだな」
玄関で実菜を出迎える。
「上がっても大丈夫?」
「ああ、どうぞ」
「おじゃまします」
実菜は勝手知ったるといったように階段を登って俺の部屋へと向かう。前まではそんな後ろ姿を見ることを特に不思議に思っていなかった。
ただ、今俺の前で階段を登っている実菜は長かった髪をバッサリと切り、見慣れない姿で見慣れた階段を登っていく。日常の中にどこか差し色を加えるかの如くどこか違和感を植え付ける。
前までは長かった髪がこうもあっさりと短くなって俺が知っている彼女の後ろ姿にノイズのようなものを走らせる。
「どうかした?」
まるで魔法が解けるかのように今の実菜がこちらへと振り返った。
「いや、なんでもないよ」
そういって過去を振り切るように小さく頭を振る。
実菜を追い越し、部屋のドアを開く。
「なんだか、変わらないね」
「そりゃあ変わらないだろ、別に俺が何かしら変わったわけじゃないから」
「それは確かにそうだけど……」
実菜と別れてからすごい時間が経ったというわけでもないのでもちろんだけど実菜と別れる前と今で部屋の構造に一切変わりがない。となれば実菜のくれたものや思い入れのあるものもちらほらと部屋に転がっているわけで……言うなれば今この部屋の中は、“あの頃のまま”なのだ。
その風景の中に溶け込んだ実菜の姿を見て少しだけ懐かしい感じがした。だけどそれはあくまで俺の中の思い出、今はもう戻らない過去の記憶なのだ。
そんな実菜が荷物を置くのを確認して、俺の方から一声かける。
「じゃあ、準備を始めようか」
「ええ、そうね」
俺らはあらかじめ用意しておいた装飾品を壁に貼り付けるなどの軽い作業を始める。それでも頭の中でちらつくあの頃の映像を止めることはできなかった。
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