第24話 強烈な記憶

 どれだけの花火を集中して見ることができたのかわからない。それほどまでに彼女が俺に対して与えた衝撃は強烈なものだった。

 

 心臓の高鳴りは今になっても落ち着きそうにない。


「あのさ、駿」


 花火の途中で椎名は言った。


「さっきの私の……初めてだから!」


 なんでこのタイミングで、なんて思っても言えなかった。


「そんなこと言わなくていいから!」

「だって、私にとっては重要なことだから……」


 思いもよらない爆弾を落とされるのは今回で二回目だ。だけどあの時の俺と完全に違うのはあの時以上に俺は椎名を意識してしまっているということだ。


 一度自身の中で芽生え始めてしまった“茅原椎名を意識している”という感覚は。もうそんな簡単に消し去れるものではなくて、忘れようとしても頭の中から居なくなってくれない。


 そのせいか、目の前で打ち上がっている数万発の花火にも集中できず、横で楽しそうに「おぉ!」とか「わぁ!」とか感情を表に出している椎名の方に視線が行ってしまう。


 でも椎名も椎名で、ちょくちょくそんな俺と目があってしまってか、恥ずかしそうに視線を外したりしている。


 その椎名の姿を見て俺もドギマギしているあたり、俺もかなり意識している。

 結局、花火が終わるまでまともに椎名に声をかけることができなかった。




 バンバンと鳴り響いていた花火の音も止んだ頃、向こうの会場からアナウンスのようなものがうっすらと聞こえて来る。


 つまりは花火大会が終焉を迎えたようで、これで夏のイベントも締めくくりだということも同時に感じてしまう。


 毎年、この時期は夏が完全に終わりを迎えるような感じをして寂しさのようなものを感じてしまって居たが、今日はまだそんなことを考える余裕はなさそうだ。


「それじゃあ、そろそろ帰ろうか」

「うん」


 気恥ずかしさからか会話らしい会話ができない。

 これまでどんな会話をして居たのかがうまく思い出せない。


 茂みを抜けてから椎名の家までほとんどお互い無言だった。

 椎名の家のあたりまで来たところでようやく会話が生まれた。


「着いちゃったね」

「うん。今日は色々あったけどゆっくり休んで」

「ありがとう」


 自分でも何いってんだって思ったけど頭の中は想像以上に真っ白だ。

 カランカランと歩みを進めていたはずの椎名が塀の前で止まり、振り返る。


「あのさ、さっきのことつまりは前言ったことの続きだと思ってね」


 前言ったこと、つまりはこの前河川敷で言われた「本番はこれから」ってやつのことだろう。


「うん。それ相応に悩んで見るよ」

「うん! ありがと!」


 ようやくともいうべきか、これまでの椎名の顔にあった強張りのようなものがとれて自然な笑みを浮かべる。

 それを見た俺も少しだけ緊張の糸のようなものが解けた。


「それに今回のキスは、昔なんかよりももっと強烈な記憶を駿に与えることが目的だったからそういう意味では記憶に残ったでしょ!」

「うん、正直昔のことを忘れちゃうくらいに強烈だったよ」

「それはそれで複雑だから!」


 なんて軽口を交わし合う。

 それのおかげもあってか二人の間の微妙な空気感はいとも容易く綻ぶ。


 少しだけ帰るのを惜しく感じてしまう気もするが、夏休みも始まってまだ少し、口実なんていくらでも作り出すことができる。


「それじゃあ、またね」

「うん、また」


 浴衣姿の椎名が家に入っていくのを確認して俺も家路につく。

 今日一日で椎名と俺の間にあったすれ違いのようなものを本当の意味でなくすことができた。


 少し熱っぽい頭を冷やすため帰り道をいつもより少しだけ遠回りして帰っていると自分と同じように祭りが終わり帰っている人もちらほら見える。


 少し冷たい夜風に当たりながら考えるのは、今日一日の出来事。

 椎名とすれ違ったこと、仲直りできたこと、そして椎名とキスしたこと……。

 色々ありすぎて整理が全くつかないがそれでもこれから椎名との関係が大きく変わっていくのは確かだ。


「さて、帰るか」


 熱っぽかった頭はすっかりと冷え、思考がクリアになっていることを感じた。


 椎名に対して俺が少しでも好意を抱いているのは事実だ。今はまだその感情に名前をつけられないけれど今後しっかりとその感情に対して名前をつけていきたいと思う。

 

 これまではぬるかった夜風もすっかりと冷たくなっていて季節が変わるんだということをしっかりと感じさせた。

 

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