第22話 懐かしい場所

 周囲の明るさが太陽のものから出店の照明や提灯が見せる明るさのものへと変わり、黄色や赤っぽさの光で周囲が満たされていた。


 夜の帳のせいで椎名のことを見失わないかがやけに不安で、常に視界のなかに椎名を収めていた。


 椎名の方はやはりどこか寂しげな表情を時折見せていたが、それを感じさせないような立ち振る舞いを続けている。


 だけど、これから花火が上がる。

 数年越しにようやくあの日の約束を果たせそうだというのに、二人の間に流れる空気がこんなにも微妙な感じで花火の時間を迎えたくはない。わかっているけど、原因のようなものはいまいち掴めない。


 周囲の人の波は祭り会場から少しずつその先にある河川敷へと向かい始める。

 その海流から逃れるように俺と椎名は、決まったある場所に向かうためその人の流れとは真逆の方向に歩みを進めた。


 ガヤガヤとした人々の出す喧騒が鳴りを潜めたかと思いきや、今度はリンリンと虫たちが鳴らす大合奏が俺と椎名の間に流れる。


 周囲に人がいなくなったタイミングを見計らってか、耐え切れなくなったからなのかはわからないけれど、聞かずにはいられなくて椎名に問いかける。


「あのさ——」

「どうしたの?」


 まるで心当たりがないかのような表情で俺を見上げる。

 そんな態度が少しだけ俺の心をざわつかせたのか、ちょっとだけ強い口調で椎名に問いかける。


「俺といるのつまらなかったりする? それだったら別に無理して————」

「———ちがうっ!」


 思わずいうつもりのなかった言葉まででかかってしまう。だけど一度口をついて出てしまったその言葉に待ったをかけるかのように椎名の強い声が静かな空間に響き渡る。


 突然響いた大きい声のせいか虫たちの大合奏は止まり、俺と椎名だけの二人だけの世界が出来上がる。


「ちがう……の」

「何が違うの?」

「私はつまらなくなんかない。むしろ今日一番私と一緒に来て楽しんでいないのって駿なんじゃない?」


 俺がつまらない……? 椎名が強い眼差しで俺の瞳を見つめる。

 反論で俺に対して言っているとかではなくある程度の確信を持っている、そんな椎名の意志というか思いの強さのようなものをひしひしと感じる。


 無意識のうちにつまらなく感じていた? まさか、俺だって今日をとても楽しみにしていた。


「ごめん、正直思い当たる点がなくてどの行動がそう思わせてたのかがわからない」


 それが椎名に対する本音だ。


「そっか……」


 再度悲しそうな表情を浮かべ、そこで会話が途切れる。


 トボトボと再度歩みを進める。これから向かう先は俺と椎名の思い出の場所。

 今となってはもうどうやってその場所を見つけたのかは思い出せないが、祭りのあった日にその場所を見つけた。


 変な道を抜け出た先にある場所のせいか周りに人はいない。それもあってその時以来花火大会の時はこの場所に来て、打ち上がる花火をみるようになった。


 “俺が楽しんでいない”というのがどういうことなのか。

 その答えを椎名は持っているが俺にはない。

 何が椎名にとってそういう答えに至ることになったのか、それがどうしてもわからないのだ。


 俺はこんなにもこの日を待ちわびていた。数年も。

 だが、椎名にとってはそうは見えない。


 花火が上がるまでもう数十分。目的の場所にはもうすぐつくが、答えの方が出そうにない。


 約束の花火を、どんよりとした空気の中で見るなんてのはもってのほか。なんとしてでもその答えにたどり着かないといけない。




 

 昔はなんとも思わなかったけれど、今となってはその茂みの奥に歩みを進めるのは少しだけ勇気がいる。


 あの頃よりも身長は伸び、体が大きくなったせいか届きもしなかった葉っぱに視界を奪われて少し不気味だ。それでもそんな気持ちを一切表には出さず、椎名の手を引きながら一歩一歩あの頃のあの場所へと進んでいく。


「もうすぐ着くよ」

「うん」


 気まずい雰囲気は相変わらず。

 それでも、その場所にさえつけば一旦は落ち着ける。

 そうして、茂みを抜け切ると懐かしい場所が一面に広がる。


「懐かしいな、もう何年ぶりだろう」

「そうだね」


 俺らが向かっていた先は今はもう使われていない、かつての神社の名残ともいうべきやしろ


 灯りなんて一切ないけれど街の方から漏れ出ている光のせいか脚元に不安はない。

 使われていないだけあって人はいない、それでも少しだけ高い場所にあるお陰もあって、花火を真正面に見ることができる穴場だ。


 境内まで登るための階段が途中で崩れてしまっていることもあってここまで登ってくる人はいない。それでもこの神社が残っているのはきっとここが田舎だからなのかもしれない。


 鳥居の下の階段のところにブルーシートを引き、眼下に広がる街の景色を眺める。この場所からの景色はあの頃から一切変わっていない。


 そこに俺が腰掛けるとすぐ横に椎名も座る。


 俺らの距離は拳一個もない。俺のすぐ横に椎名がいる。

 何か声をかけないととは思うけど、うまく言葉が見つからない。

 うまくまとまらない言葉を纏めようと必死に考えていると隣で小さく、椎名がポツリと呟いた——。

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